44 炎に沈む大波、引き継がれる意思
上空の飛行モンスターたちは、先の戦いで一時退いていたが、依然としてどこかを飛び回っている気配があった。
しかしその間に、地上では新たな脅威が進行していた。破城槌や火炎弓を備えたゴブリン・オーガ混成軍――物量による、じわじわと街を押し潰す作戦だ。
■ 街の地形とバリケード
街の正門周辺には、リアーネが突貫で強化した高い壁と、ギルドの冒険者たちが数日かけて築いたバリケードや落とし穴が整備されていた。
それでも、門を突破しようと前進してくる敵の勢いは凄まじく、破城槌二百台のうち幾つかがすでに前線へ到達しつつある。
「門の近くにはボーガン隊がまだいる! でも……あれだけの数じゃ撃ちきれないかも……」 「バリケードを盾に、撤退しながら火計の地点まで誘導よ!」
冷静に指示を飛ばすのは、Sランク賢者ミレナ。銀髪に落ち着いた雰囲気を漂わせた中年女性。普段は穏やかだが、いまは一切の容赦なく街を防衛していた。
彼女の指示に応じ、冒険者たちは次々にバリケードの内側へと下がりつつ、最終的に“火計用エリア”へ敵を誘導する準備にかかる。
■ Sランクコンビの存在感
一方、正面最前線では、Sランク戦士ドーガが立ちはだかっていた。
身長二メートル弱、黒曜石の鎧をまとい、巨大な大剣を振るうその姿は、まるで黒い壁そのものだ。
「こいつら……どこまで続くんだ……? はあっ!」
大剣が横薙ぎに奔り、破城槌を押していたゴブリン数体を一度に真っ二つにする。
さらに、オーガの首をも切り落とし、辺りには血飛沫が舞う。しかし、ドーガはまるで汗一つかくことなく、黙々と“壁”を維持していた。
だが、敵の数は無尽蔵だった。破壊した破城槌の後ろから、さらに四台、五台と新たな破城槌部隊が押し寄せてくる。
「Sランクがいても、さすがに数が多すぎるぞ……!」 「わかってる! だから一旦退いて、火計まで引き込むんだ!」
ミレナの指示に、ドーガも無言でうなずき、合図を送り、全体が段階的な撤退を始めた。
■ カイとD級4人の活躍
その一段後ろの列には、カイと、かつて共に依頼をこなしたD級4人組の姿があった。
ゾルドの盾、リュカの弓、マリナの短剣、フェイの癒やし……各自得意武器は異なるが、小隊レベルの連携を取りながら前線を支えている。
「よし、今がチャンス……弓手! いっせーの、撃て!」
カイの合図で、弓手がゴブリンの首を射抜き、続けざまに斧使いが飛び込んで仕留めを入れ、短剣使いが背後からカバーする。
C〜Bランクほどの派手さはないが、確実な連携だった。
「(俺も……これくらいなら、できるんだ。前みたいに足手まといじゃない)……はっ!」
カイは剣を振り上げ、突っ込んできたゴブリンの槍を弾き飛ばす。斧使いが横から頭部を叩き割る。
激しい血飛沫にたじろぎながらも、カイは踏みとどまり、敵の波を一体ずつ削り取っていった。
(すげえな……あのSランク戦士、破城槌ごと敵を吹っ飛ばしてるし、賢者さんは魔法で10体一気に焼き払う。姉ちゃんほどじゃなくても、人ってこんなに強くなれるんだな……)
感嘆が脳裏をよぎるが、すぐに次の敵が押し寄せる。カイは剣を構え直した。
■ 撤退しながら誘導
「門を捨てる! 次のバリケードへ下がれ!」
ミレナの合図で、前衛たちが一斉に後退を開始する。破城槌が門を叩き始めるが、すでに中には誰もいない。
ここは“計画通り”敵を誘い込む策だった。
「こっちだあああっ!! 撤退するフリじゃないぞ、本気で撤退してんだ!」
D級の仲間が叫びながら走り、敵を煽る。喜び勇んで追いかけてくるゴブリンたち。バリケードを越えようと殺到した瞬間、
破壊魔法が炸裂し、一部を巻き込んで爆破する。
だが、先頭の破城槌部隊は健在だった。
「くっ……破城槌が見えてきた! あと少しで火計の地点まで……!」
振り向きざまに太刀を受けたカイを、弓手が援護し、斧使いが雑兵を叩き伏せる。
じりじりと後退を続け、ついに大広場へ到達する。
■ 火計の着火
広場には大釜や油樽が並び、すでに元Aランクのギルドマスターが待ち受けていた。
周囲の路地も封鎖され、敵が逃げ場を失うように仕掛けが施されている。
敵は絨毯のように押し寄せ、破城槌も奥まで進入してきた。
ギルドマスターの目が鋭く光り、ついにその瞬間が訪れる。
「……今だ!! 一網打尽にしてやれ!」
小瓶を叩き割ると、魔術の火種が油を伝って一気に燃え広がる。
轟音と共に、広場一帯が炎に包まれた。
「ギャアアアアアッ!」「助けろ……熱っ……!」
ゴブリンやオーガたちが絶叫しながら焼かれる。破城槌も瞬く間に火に包まれ、爆ぜるように崩れ落ちた。
高温の熱風が吹き荒れ、冒険者たちは決められたルートを使って退避する。
「くそっ、熱いけど……これで大半が沈むはず……!」
ミレナが結界を展開して仲間たちを守り、ドーガは火の壁を睨みながら小さく頷いた。
カイとD級仲間たちも、炎の向こうを見つめながら、必死に呼吸を整えていた。
■ 戦況の変化
地上部隊を一斉突入させようとした敵は、火計によって甚大な被害を受け、戦線は完全に崩れた。
大半が焼かれ、生き残った者も混乱して後退を余儀なくされる。
「すげえ……これが、俺たちの……みんなの力……」
カイは、燃え落ちる破城槌と、逃げ惑うゴブリンたちを見ながら呟いた。
リアーネのように一撃で蹴散らすわけではない。けれど、こうして勝つ方法もある。
(……姉ちゃんほどじゃなくても、人って、こんなに強くなれるんだな)
胸に温かいものが広がる。
だが――。
「おいカイ、ぼーっとしてるなよ! 敵の生き残りが逆上して襲ってくるかもしれない!」
「あ……わかってる!」
仲間の呼びかけにカイは剣を構え直し、気を引き締めた。
戦いは、まだ続いているのだ。
──こうして、撤退戦で誘導し、火計を発動する作戦は成功し、街を包む絶望的な波はいったん引いた。
まだ敵の飛行隊や指揮官クラスが残っているが、最初の大攻勢を耐え凌げた事実は大きい。
カイが胸に抱いた「人ってすごい」という小さな感動は、やがてさらなる戦いへの強い意志に変わるだろう。
沈まぬ炎のように、街の守り手たちは、自らの力を信じ始めていたのだ。




