4. 街とギルドと名前書き (挿絵あり)
草を分けて進んだ先に、ようやく石造りの街が見えてきた。
空気が違う。草の匂いから、煮炊きの煙、獣の臭い、人の声、馬の蹄音――様々な“暮らし”が香りとなってカイの鼻をかすめる。
その最前には、灰色の石で組まれた塀と、小さな門があった。
「あれが街の門か……」
カイがぽつりと呟く。塀の高さは4メートルほど、門はそれよりも低い。
そして、その隣には――明らかに異質な存在が立っていた。
リアーネだった。
彼女は立ち止まり、街の門を見下ろしていた。門の高さは3.5メートル程度。リアーネの視線の位置からすれば、ちょうど腰の高さにくるくらいだろう。
門のすぐ近く、門番が二人、槍を携えながら待ち構えていた。その目は、明らかに強張っている。
「……止まれ! そこの巨大な者、通行の目的を述べよ!」
震え混じりの声。若い門番の声だった。
リアーネは少し眉を上げると、首を軽く傾けて言った。
「ギルドへ。登録と……依頼の確認を」
その声は柔らかく抑えられていたが、門番たちは思わず槍を構える。
彼女の身長、肩幅、腕の太さ、全てが“異常”だった。人間のサイズではない。まるで伝説の巨人がそのまま歩いてきたような光景。
声を荒げた門番の背後から、もう一人の門番――年配の男が前に出た。
「……ああ、例の。村から通達が来ている。巨大な戦士と、その相棒だな」
カイがぺこりと頭を下げる。
リアーネは口元に笑みを浮かべると、「門・・・ちっさ」と小声で言い、軽く膝を曲げて門をくぐった。
その時――門番たちは思わず息を呑んだ。
リアーネの金髪が、門の上部にわずかにかすめたのだ。ギリギリだった。
しゃがみ、体を縮め、ようやく通り抜ける。ブーツのつま先が門の下部にこすれ、石の小片がはじけ飛ぶ。
門番たちは顔を見合わせた。
「……入れたな、あのサイズで……」
「だが正直、入ってほしくはなかったな……」
街の中は、リアーネにとってはまるでミニチュアの街だった。
家々の屋根は彼女の首の位置に届かない。通りを歩けば、彼女の肩が通路の端にかすめ、人々があわてて道をあける。
誰もが彼女を見ていた。驚き、恐れ、遠巻きに眺める者ばかり。
リアーネの視線が落ちる。
子ども。親に手を引かれながら、じっと立ち尽くしていた。
昔なら、子どもたちははしゃぎながら近づいてきた。けれど、今は違った。
その子もまた、リアーネを「怪物を見る目」で見つめていた。
リアーネは黙って視線を外した。
ギルドは、門からすぐの場所にあった。石造りの大きな建物。外観は重厚であり、門のサイズは――
「これなら、入れる……か」
カイが見上げて言う。
建物自体は2階建て、吹き抜け構造。入り口も高さ5メートル、幅4メートルと、大きい。
リアーネは肩をすぼめ、前かがみになって、慎重にその門をくぐる。
彼女の肩幅は150センチ。頭を下げて、背中を丸める。金髪が入り口の上部に軽くふれるたび、白い石の粉がぱらぱらと降ってきた。
中に入ると――視線が、一斉にリアーネに集まった。
冒険者たち。受付嬢。雑用の若者。
誰もが、目を見開いていた。会話が止まり、椅子を引く音さえも消える。空間が、巨大な存在に圧迫されたように静まり返った。
リアーネは胸を張り、背筋を伸ばす。天井は10メートルほどあるので、ようやく窮屈さから解放された。
カイが先に歩き、受付に向かう。
「すみません、ギルド登録に来たんですけど……」
「あっ、は、はい……!」
受付嬢レナの声はわずかに裏返っていた。彼女はちらりとリアーネの膝、腿、腰、腹、胸、首、顔の順に見上げ、その体を硬直させたまま書類を差し出す。
リアーネの目に映るのは、小さなテーブル、小さな椅子、そして――とても小さな、ペンと紙。
ライセンスカードは、15センチほどの長方形。リアーネの指2本分の幅にすぎない。
そして、記入に使うペンは……まるで豆粒のようだった。
「………………」
リアーネはペンをつまむ。指の先で慎重に挟み、まるで虫でも触っているかのような精密動作。
カードにペン先をあて、ひと文字ずつ、ゆっくりと名前を書いていく。
ギルド内の視線が集まる中、彼女は最後にしっかりとサインを書き終えた。
「終わり。……ふぅ、豆を摘むより疲れたわ」
カイはくすっと笑う。
リアーネはカードを見つめ、ため息をつく。
「今後、こういう手続きは全部、あなたがやって」
「はいはい、任されましたよっと」
受付嬢レナがそっとカードを受け取り、リアーネの指と比べて驚いたように目を丸くする。
それから数分後。ギルド内にざわめきが戻りはじめた。
リアーネとカイは、登録を終えた冒険者として、静かに立っていた。
周囲の冒険者たちは、まだ警戒を解いてはいない。それでも、ギルドの一員としての一歩は、確かに踏み出されたのだった。