41 一万人将との一瞬の死闘 (挿絵あり)
山間の戦場、その奥深く。巨大な女戦士・リアーネは、血と煙の渦巻く戦場をかき分けながら、ついに“それ”と対峙した。
──一万人将。
体格はホブゴブリンジェネラルに近いが、そのただならぬ気配と纏う威圧感は、これまで相手してきた千人将たちとは一線を画していた。周囲には、過去の砦襲撃を経験したとおぼしき熟練の兵たちが陣を組んでおり、魔術師、騎士、槍兵が揃って息を殺して立ち塞がる。
■ 対峙、静かな始まり
「……君が“巨女”か。なるほど、噂以上だ」
一万人将は低く抑えた声で言葉を発する。その眼差しには好奇も侮りもなく、ただ“獣が敵を測る”ような静かな観察の色が宿っていた。
リアーネはわずかに眉を上げる。
(まともな頭がある……そして、逃げる気もない。これは確かに……“一つ上の段”ね)
彼女はそっと笑った。微笑みはいつも通り優しげだったが、実際のところ、その脚にはすでに“蹴り飛ばす”ための力が蓄えられていた。
■ 交錯、初撃の空振り
風が鳴り、砲声の残響が遠くで鳴る中、リアーネが一歩、前へ出る。
――ドン。
地面がわずかに揺れた直後、彼女は瞬時に距離を詰めた。秒速40メートル、常識外れの速度による突撃。だが──
「っ……!」
一万人将は、寸前で身を捩り、リアーネの足を掠めるようにかわした。
その動きは、ただ速いだけではない。“あの速度を見切った”うえで、“方向を読み切ってから避けた”動きだった。
蹴りは盾兵数名を吹き飛ばしたが、狙いの本命には届かず。
「ほう……巨体だが、やはり突進は直線的だな。読みやすい」
一万人将が呟いた。嘲笑というより、冷静な分析をする指揮官の声。周囲の兵が一斉に動き出し、半包囲の陣を組み始める。
■ 魔法と陣形、敵の集団戦術
(……読みと連携。雑兵と違って“仕掛ける”頭があるのね)
リアーネは目を細める。数秒後、後方で詠唱していた副官の魔術師たちが一斉に魔法陣を展開、地面から魔力の杭と絡みつく蔦が出現する。
「……脚を封じに来たか。賢いけど……少し遅い」
足首に絡む魔法を力任せに引きちぎるように引き剥がし、強引に前進する。しかし、そのわずかの遅れが命取りになる。
再度距離を取った1万人将は、盾兵の背後に回り込み、前線の再構築を指示した。リアーネの重撃は空を切り、地面を深く抉るのみ。
■ 包囲、そして破綻
周囲から一斉に突き込まれる槍。リアーネは受けることもなく、軽く腕を振り払い、数十本をまとめて弾き飛ばした。叩き込むようなその一撃で、兵たちの隊列は一瞬で瓦解する。
魔術師のうち数名は、振り返る間もなくブーツの裏に踏みつけられ、地面へと消えた。血が飛び、叫び声すら追いつかない。
「……これが全力の連携? 少し、がっかりかも」
リアーネは口元に笑みを浮かべたまま、息を整える素振りすら見せない。
■ 鉄壁の前衛、そして破壊
再び距離を詰める。今度は、彼女は走らない。周囲の地形を潰しながら、ゆっくりと、一歩ずつ包囲の隙間を潰していく。
逃げ場を削るその動きに、1万人将はようやく前に出た。背後には、崩れた地形と死屍累々の味方兵。もはや退く場所はなかった。
「──っ!」
叫びとともに、彼はリアーネの膝を狙って武器を突き出す。狙いは悪くない。だが――
「終わりね」
リアーネは体を軽く捻り、右腕を高く掲げた。そのまま、重みを殺さず真下に振り下ろす。
武器はブーツの縁に弾かれ、一万人将の体は地面に叩きつけられた。手足を震わせ、なおも立ち上がろうとするが――
その上から、リアーネの足が振り下ろされた。
■ 一万人将、死す
鈍く骨の砕ける音が響いた。
血飛沫が舞い、敵の旗が沈む。
重い空気の中で、部隊は散った。誰一人として、もう彼女に立ち向かう者はいない。
■ 微笑と余白
「ふう……あれが、一体目の“一万人将”ってとこかしら」
リアーネはゆっくりと息を吐いた。疲労はある。だが肉体はまだ余力を残している。視線を巡らせれば、なお黒く蠢く敵の塊が続いている。
彼女は額の汗をぬぐいながら、静かに呟いた。
「さて、次の“あなた”はどこかしら……。こんなもんじゃ、まだ終わらないんでしょう?」
そう言って、再び地面を踏み鳴らす。
破壊の足音が、戦場にこだまする。




