38 出撃、踏破の巨女 (挿絵あり)
翌朝、砦の正面門が、重々しい音を響かせてゆっくりと開かれた。眼前に広がるのは、黒く波打つように迫る魔物の大軍。その数、およそ十万。空気が張り詰め、砦の中にいる兵たちの緊張が肌で伝わる。
だが、その中心に立つひときわ異質な存在が、静かに深呼吸をした。身長十二メートル、体重二十六トン。砦の全てを見下ろす巨体の戦士――リアーネ。
「ふふ……久しぶりに、本気を出すか」
その低く柔らかな声は、砦の隅々にまで響いた。レイナをはじめとする指揮官たちが無言でうなずく。遠くにはバリスタや投石機が並び、その背後でオークやゴブリン、トロールたちが蠢いていた。
「私が外に出て、投石機を潰す。指揮官の居場所も見てくる。後方の守備、頼むわ」
「了解。投石に警戒して」
レイナの端的な応答に、リアーネは一度だけ頷いた。
そして――砦の門を越える。重い足取りが地を揺らし、周囲の石畳がわずかに軋む。
■ 加速、そして第一の蹂躙
門を出たリアーネは、すぐさま歩幅を広げる。一本の脚は二メートルを優に超え、ただの一歩が他者の数歩分。
二歩、三歩と進むうちに、その速度は常識を超えていく。十二メートルの巨体が、驚異的なバランスで加速する。数秒後には、視認が困難なほどの速度で駆けていた。
「な……速すぎる……!」
「巨体で、あんな速度……!」
砦の壁上で見守る兵士たちが言葉を失う。リアーネの移動速度は、すでに秒速四十メートルを超えていた。
正面にいたゴブリンの群れは、彼女の巨体と速度に反応しきれない。回避も反撃もままならず――
ズシャッ!
何体もの魔物が、彼女のブーツに踏み潰され、押し潰され、吹き飛ばされた。衝撃音が響き、地がめり込む。
彼女は止まらない。オークの突撃を肩で弾き、飛来する矢を身に受けながら、進路上の全てを蹴散らしていく。
■ バリスタ破壊
視界の先に、敵の砦を狙うバリスタ群が現れる。オークたちが慌ただしく矢を装填していたが――
「悪いけど、貫けると思わないでね」
リアーネは減速せず突っ込む。放たれた巨大な矢が数本、彼女の身体へと飛ぶ。だが、そのいずれもが強靭なジャケットに弾かれ、ブーツの革にかすり傷ひとつ付けることすらできない。
次の瞬間、リアーネの右脚が振り上げられ――
ガシャァン!
巨大なブーツの蹴りがバリスタを一掃する。金属がひしゃげ、木材が裂け、複数の兵器と周囲の魔物が一斉に宙を舞った。
■ 投石機への跳躍
さらに奥。投石機の一群が陣を敷いている。守備に立つのは、大柄なオーガたち。だが、彼女のスピードに目を見張る間もない。
「どいて」
リアーネは右脚を踏み込み、軽やかに跳躍。十二メートルの巨体が宙を舞い、オーガの頭上を越えて投石機の横に着地する。
どすん。
地面が揺れ、敵兵が転倒する。リアーネはすかさず一撃。
ぼごおっ!
投石機が粉砕され、破片が雨のように散る。続けて二基、三基と蹴り壊していく。
■ 敵の崩壊と恐慌
「ひ、引けっ! あれは……止められん!」
混乱が広がる。指揮官らしきゴブリンが叫ぶ間もなく、砦を取り囲む兵器群の一角が完全に崩壊。
敵陣に走るのは、戦略的敗北ではない。ただの“恐怖”だ。
リアーネは膝を曲げ、再び疾走する。
「……まだ一部。1万人将が出てこない限り、本気とは言えないわ」
その背は堂々と伸び、戦場を見渡す。その歩みに合わせて敵が退き、陣形が崩れる。まだ呼吸すら乱れていない。
「さあ、出てきなさい。強い奴、いるんでしょう?」
その声は、挑発ではない。
ただ静かに――本当の戦いの始まりを告げる響きだった。




