36 守りやすい街
ゴブリンの大軍が襲来するまで、あと数日。
街の人々は日に日に不安を募らせていたが、防衛準備も着実に進みつつあった。
その中心に立っているのは、身長十二メートルの巨大女戦士――リアーネ。
家屋を撤去して視界を開き、城壁を補強し、門外には即席のバリケードを築く。朝から夕方まで、彼女の姿を見ない日はない。
■ 防衛ラインの最終チェック
ギルドの冒険者や衛兵たちが、弓の射線や投石の軌道を確認していた。
「ここから撃てるか」「突破されたらどこへ退くか」――緊張した面持ちで交わされる言葉のなか、リアーネは静かに外壁の上を見上げる。
二階部分に立つ兵士たちと、ちょうど目線が合う高さ。彼女にとっては、それが“平地”だった。
「どう? 壁の形は整えておいたけど、邪魔にならない?」
「バッチリです! おかげで視界も広いですし、弓も撃ちやすいですよ」
上から声をかけた若い兵士が、わずかに緊張しながらも笑顔を見せた。
巨大な女戦士を相手に、彼のように自然に返せる者は少ない。だが、その声には確かな信頼がこもっていた。
「よかった。それなら――門の外側にも、少しバリケードを置きましょう。あそこが一番狙われるわ」
リアーネは空間収納から、腰の高さほどある巨大な岩を取り出す。
それは小屋のようなサイズで、兵士たちは思わず道を空けた。
■ 街の声、恐怖と懐疑
リアーネが岩を削りながら歩いていると、遠くでざわめく声が聞こえてくる。
「また家を壊されたらどうしよう……」
「強制退去なんてひどい」
「ゴブリンより、あの巨女のほうが怖い……」
耳鳴りのようなその声に、リアーネは表情を変えない。
街の誰かに怖がられたり、誤解されたりするのは、もう慣れきっていた。
それでも、街を守るためならば――耐える理由は十分にある。
「すごいわね。あの岩を、あんなに軽々と……」
「普通なら何日もかかる作業を、数分で終わらせてるよ……」
冒険者たちの感嘆の声が、背中越しに届く。
リアーネは微かに笑みを浮かべ、指先で岩の角を整えながら言った。
「どいてね……それっ」
軽く蹴りを入れると、数百キロはある岩が転がって所定の位置に収まる。
数人がかりでようやく動かす作業も、彼女の指先ひとつで終わるのだ。
■ 悪意の言葉に対する静かな返し
そのとき、門の上から鋭い声が飛んできた。
「でかいだけの化け物が、勝手に街を壊してるくせに……!」
誰かの叫びだった。恐らく、以前に家を退去させられた者か、あるいは単に恐怖からの反発か。
兵士たちがぎょっとして顔を見合わせるなか、リアーネは手を止めずに作業を続ける。
「大丈夫……? 今の、気にしなくていい?」
近くにいた冒険者のひとりが気遣わしげに声をかける。
リアーネは、少しだけ肩をすくめて、笑った。
「どう思われても構わない。……あの人の命も、守れるかもしれないから。それで十分よ」
声は静かだったが、芯が通っていた。
“巨大だからこそできること”を、彼女は誰より理解している。
■ 少年の声、届くありがとう
ふと、門付近の屋根の上に動く影があった。
小さな子どもが、こちらに手を振っている。
恐らく、強制退去で家を失った家族の一人だろう。
「ありがとーっ!」
風に乗って、その声がリアーネに届いた。
「……!」
リアーネは、一瞬だけ目を見開き、笑みを深めた。
誰もが怖がるこの巨体も、誰かのためには意味を持つ。
そんな一声があるだけで、彼女の心は軽くなる。
■ 最終整備と街の備え
「さて……飛行部隊からも守りやすいように…もう少し整えておこうかしら」
リアーネは転がった岩の破片を足先で整え、隙間を埋めていく。
その様子に、兵士や冒険者たちも目を丸くする。
「すごいな……俺たちじゃ、絶対無理だ」
「これで、門前の防衛は格段にやりやすくなる」
感嘆と賞賛が自然に混ざり合うなか、リアーネは最後の確認を終え、大きく背伸びをした。
そのたびに、ブーツが“ドン”と大地を打ち、周囲に振動が広がる。
そして、空を仰いだ。
■ 足音の向こうにあるもの
「ありがとう、みんな。あとは……街の内側も、ちゃんと守ってね。何かあればすぐ言って」
リアーネはそう言って、門の外側へと向かう。
兵士たちは思わず後ずさる。彼女が門をまたぐ瞬間――その脚が、まるで大地をまたぐように感じられた。
あの巨大な背中が、空へと伸びていく。
遠ざかる足音は、重くもどこか心地よいリズムを刻んでいた。
■ 街に残る緊張と希望
そのとき、ギルドから伝令が走ってきた。
「偵察隊より報告! 遠方に敵軍の旗が確認されたとのこと……!」
空気が一瞬、凍る。
「ゴブリン大多数にオーガ多数、ワイバーンにグリフォンなどの飛行部隊……近日中に来ます。間違いなく!」
兵士たちの表情に緊張が走る。だが、門の外に向かった巨影を見つめる者もいた。
リアーネはきっと、最前線で立ちはだかってくれる。
誰よりも大きな背で――誰よりも遠くを見据えて。
──こうして、門外の防衛拠点は完成した。
リアーネはその背に街の期待と不安を背負い、前を向く。
巨体ゆえに受けた拒絶も、感謝の声も、すべて抱えながら。
戦いはすぐそこまで来ている。
十二メートルの巨影が、最前線で街を守る。その事実だけが、街に“まだ守られている”という安心を与えていた。




