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巨大女戦士の冒険  作者: ranranslime
2章 迫る大軍、迎え撃つ
43/95

35  強制退去、巨女の恐怖 (挿絵あり)

ゴブリン大軍の襲来まで、あと三日。


 街の防備は急ピッチで整えられていたが、最も危険とされる“正面門の一帯”には、依然として数軒の住居が残っていた。戦闘になれば、そこは投石や突撃の標的になる可能性が高い。視界を妨げ、移動の妨げになり、味方にとっては危険でしかない。


 もはや猶予はなかった。


 そこで決定されたのは、一部区画の強制立ち退きと取り壊し。

 この命令に反発が起きるのは当然だったが――今回は、それを押し通すだけの“存在”がいた。


 街に住む誰もが知る、身長十二メートルの巨大な女戦士――リアーネ。

 彼女が前に出れば、文句の声などかき消される。


■ 危険エリアの取り壊し

 朝。正門近くの通りには、すでに小さな人だかりができていた。


 住民たちは不安そうに声を上げる。


「本当に壊すのか……?」 「どこに住めって言うんだ……」


 その言葉をかき消すように、ずしん……ずしん……と低い振動が大地を伝ってくる。


 そして現れたのは、朝の光の中で金色に輝く巨影。

 金髪の女戦士、リアーネ。


 その頭は二階建ての屋根をはるかに越え、肩幅だけでも一軒家の通路を覆い尽くす。地面は踏みしめられるたび微かに揺れ、大気が重くなるような圧迫感が街路に満ちていく。


「――どいて」


 低く、しかし優しさの名残を残した声が響く。だが、その言葉に逆らう者はいなかった。住民たちは道を開け、視線を逸らしながら後ずさった。


 リアーネは膝を軽く折り、屋根に目をやる。

 中に立てこもっている家主――高齢の女性が、未だ退去に応じていないことをギルドから聞かされていた。


「……ここが、最後の場所だって言ってたわね」


 リアーネは小さく息を吐き、家屋の屋根に両手を添えた。

 手のひらだけで一間分を覆えるほどの巨大な掌が、瓦と木の屋根を囲み――


 ぐ、とわずかに力を加えた。


 ミシミシッ……バキィッ!!


 乾いた音を立てて屋根が持ち上がる。

 まるで蓋を外すように、リアーネは家の一部をゆっくりと“開いた”。内部が露わになり、陽光が差し込んだその先に、老女が座り込んでいた。


「嘘……うそでしょ……」


 周囲から誰かの声が上がる。

 目の前で“家そのもの”を手に持ち上げられるという現実に、全員が言葉を失っていた。


「ここにいたら、命はないわ。出て」


 リアーネの声は淡々としていた。だが、天井よりも高い場所から降り注ぐその響きに、老女は反射的に身をすくめる。


「私の……私の家なのよ……あの子と住んでた……ここで……!」


 老女の目は濡れていた。震える声で何かを訴えながら、それでも動けない。

 リアーネは黙って身をかがめ、指先をそっと差し入れる。


 人間の腕ほどもある太い指で、老女の肩を支えるようにして、ゆっくりと彼女を“家ごと”持ち上げた。


 建物の土台が軋む音。周囲の瓦礫が崩れる音。


 老女は高く、空へと持ち上げられた。

 九、十メートルの高さ。人にとっては絶望的な落差。


「……ここは、守れないの。今は、あなたが生きることの方が大事」


 リアーネの顔が、間近に迫る。

 巨大な瞳がまっすぐに老女を見つめ、その口元に余計な感情はない。


「……あの子と過ごした場所、だったのに……もう守れないんだね……」


 小さな声が、風に流れるように零れた。


 リアーネはゆっくりと地面にしゃがみ込み、老女を他の住民たちのもとへと降ろした。腰を抜かして動けない老女を、近くにいた若者が抱き止める。


■ 容赦のない撤去と巨大な力

 続いて、リアーネは隣家へと視線を移した。

 若い夫婦がすでに荷物をまとめて外に出てきていたが、その表情には動揺が浮かんでいる。


「……出て正解よ。ここにいても、誰も守れない」


 リアーネはブーツで地面を踏みしめ、屋根を両手で挟み込む。

 次の瞬間――


 ギシッ……バリバリッ!!


 建物が音を立てて崩れ始める。柱が折れ、壁が剥がれ、内部の構造が粉々になるまでに、十秒もかからなかった。


「投石や突撃が来た時、ここが残っていたら足場になる。それだけで、防衛線が崩れるわ」


 その説明が現実的であるほど、感情が追いつかない。

 夫婦は無言のまま、肩を寄せ合って破壊された家を見上げていた。


■ 人々の沈黙と“従属”

 街の住人たちは、この光景を目の当たりにしていた。

 家を壊される怒りよりも、遥かに大きな“圧”が彼らを包む。


「……あんなの、街ごと踏み潰せるじゃないか……」 「でも、彼女は守るためにやってる……んだよな?」


 誰もが呟くように語り、誰も彼女に文句を言おうとはしなかった。

 怖いから。だけど、それ以上に――正しいことをされていると、理屈では理解しているから。


 破壊された家の跡には、すぐさま冒険者や衛兵が入って整地作業を始める。リアーネは手のひらで瓦礫を押し込み、ブーツの裏で土を慣らす。その一動作が、人間十数人分の労働に等しかった。


■ 孤高の決断者

 彼女の周囲には、ぽっかりと“空白地帯”ができていた。

 誰も近寄らない。近寄れない。


「……少しやりすぎかもって思うけど……」


 リアーネは、壊れた家の残骸をそっと撫でるように持ち上げながら、ひとりごとのように呟いた。


「それでも、命を守るためにやらなきゃいけないの。間に合わなかった人を、これ以上増やさないために」


 彼女の声を聞ける距離に立つ者は、もういなかった。


■ 最後の指示と冷静な目

「あと数軒、立ち退きに応じていない家があります」


 ギルドの受付嬢が、遠巻きに声をかける。

 リアーネは静かに顔を向けた。その目には、もはやためらいの色はない。


「同じよ。ここに留まれば、間違いなく死ぬ。嫌われても構わない。……生きてさえいれば、それでいい」


 その言葉を、住民たちは聞いていた。

 理解も、納得もしていないかもしれない。それでも、誰も声を上げなかった。


 それが“巨大な力の前に立たされた人間”というものだった。


■ 戦いのための整地

──こうして、戦場となる正門周辺の家屋は取り壊され、住民は強制的に避難させられた。


 人々の胸には、不安と恐怖、そして一縷の期待が残る。

 リアーネのやり方が乱暴であっても――それは、街を守るための力だった。


 壊す音。運ぶ音。遠くで鳴る整地作業の音。


 戦いの準備は、確実に整いつつある。

イメージ図

挿絵(By みてみん)

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