表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巨大女戦士の冒険  作者: ranranslime
2章 迫る大軍、迎え撃つ
36/95

29 守るために壊す

朝の空気は澄んでいて、どこか張りつめていた胸の奥を、ほんのわずかに緩めてくれるようだった。


カイは街の門を抜け、外の道を早足で歩いていた。


――彼女は、昨日よりもさらに大きくなっている。


それを知っているつもりだった。だが、見上げる必要すらない現実が、それを否応なく突きつける。


森の端にそびえ立つ、巨大な人影。 金色の髪が朝の光を反射し、雲に混じってゆれる白い肌。 けれど、目を奪われたのは“膝”だった。


門の屋根に匹敵する高さのその膝が、静かに、街の方角を向いていた。


「……あんな高さだったっけ……」


自然に漏れたその言葉に、自分でも戸惑う。 頭では知っているのに、身体がまだ追いついていない。現実感のない光景だった。


リアーネは、街を見下ろしたまま動かない。


カイは深く息を吸い、決意を込めてその膝へ向かって駆け出した。


わずかに顔を傾け、リアーネが巨大な瞳を細める。


「……カイ?」


声が風に乗って、空から降ってくるように響いた。


ゆっくりと、リアーネの右手が動く。空を割って降りてくるようにして、巨大な指が地上へと伸びてくる。


指一本の幅は十六センチ。長さは、カイの腕とほぼ同じ。

その指が慎重に、カイの脇の下に差し込まれた。


「よいしょ」


力が加わった感覚はないのに、世界がふわりと浮き上がる。


カイの身体はあっという間に地面を離れ、数メートル――いや、ビルの三階分ほども――上昇した。 次の瞬間、彼はリアーネの目線と並んでいた。


柔らかな微笑。

顔の大きさは、ちょうど直径120センチ。

巨大なのに、どこか優しく、安心感があった。


「おはよう、カイ。よく眠れた?」


 そのひと言は、風に乗って空から降るように響いた。 リアーネは静かに笑みを浮かべ、すっと右手を伸ばす。


 地上に届くかどうか――そんな高さから、彼女の腕がそっと下がってくる。 幅16センチ、長さ65センチの巨大な指が、慎重にカイの脇の下に差し込まれた。


 「よいしょ」


 まるで抱き上げるように、カイの身体はふわりと宙へ。 あっという間に数メートルの高さまで上がり――リアーネの目線に並んだ。


 そこには、柔らかい微笑を浮かべるリアーネの顔があった。 直径120センチの顔が、優しくカイを見つめていた。


 「おはよう、カイ。よく眠れた?」


 「……あ、うん。ていうか……やっぱり、またでかくなったよな」


 カイは笑うしかなかった。 リアーネの腕の中から見下ろす景色は、もう完全に“別世界”だった。


 リアーネは、手のひらに乗ったカイをじっと見つめながら、ふと口を開いた。


 「……高いでしょ? 怖くないの?」


 その問いには、どこか軽さがあった。 本気で心配しているというより、確認のような、儀式のようなやりとり。


 カイは笑って首を振る。


 「怖くなんてないよ。高いけど……リアーネの手の上だし。安心してる」


 その返答に、リアーネはふっと目を細めた。


 「そっか。ならよかった」


 そして、さらりと言った。


 「私が大きいことで怖がる人なんて、いくらでもいるし、これからもっと増えると思う。でも……もう気にしてないの」


 その言い方は、とてもあっさりしていた。 寂しさも、苦しさも、とうに通り過ぎた者の強さだった。


 「誰かにとって私は“脅威”でしかない。でも、カイが怖がらないって言ってくれるなら、それだけで十分」


 リアーネは、静かに視線を遠くへ向けた。


 「……今回の戦い、私とカイは別れて戦うことになると思う」


 「私は砦側に張りつく。向こうには十万の軍。動けないくらいの重圧になると思う」


 カイが何かを言いかけるより早く、リアーネは続けた。


 「だから、カイは街側に残って。……前に一緒に行動したD級のメンバーたち、覚えてる? あの子たちと組んで動いて」


 「え……俺ひとりじゃなくて?」


 リアーネは小さく笑った。


 「当たり前でしょ。あなた、ああ見えてまだ筋力も技術も半人前なんだから」


 カイが少しだけむっとした顔になるのを見て、リアーネは楽しげに微笑む。


 「でもね、あなたの良さはそこじゃない。周りをちゃんと見て、判断して、前に出るところ。だからこそ、信頼できる仲間と一緒に戦って」


 そう言うと、リアーネはおもむろに手を伸ばし、空間から何かを取り出した。


 それは、金色に光る、薄く織られた布のような防具。


 「これ。私の髪で編んだ布よ。防御用。……以前も言ったけど、これを使っていいのは、“私と別々になる時”だけ」


 カイはそれを受け取って、真剣な目でリアーネを見つめ返した。


 「……分かった。大事に使う」


 リアーネはふと思い出したように、声の調子を変えた。


 「そうそう。通信用の魔道具――明日、辺境伯から受け取る予定になってるわ。ちゃんと送受信両方できるやつ」


 「……え、辺境伯が?」


 カイは少し驚いたように眉を上げた。


 「この辺境じゃ珍しいくらい有能な人よ。私の希望、全部通してくれたし。……あの人の性格的に、“万が一に備える”のが好きなのかもね」


 リアーネの声は明るかったが、その次の言葉には少しだけ、覚悟がにじんでいた。


 「……明日、私は街を壊す」


それは、思ったよりも静かな声だった。だからこそ、カイの胸に重く響いた。


「何十軒……もしかしたら百軒以上の家を、自分の手で崩すことになる」


カイの喉が動いた。言葉が出ない。


「人に、いっぱい怖がられると思う。泣かれるかもしれないし、怒鳴られるかもしれない」


リアーネは空を見上げた。


「でも、それでもいい。だって、守るってそういうことだもの」


その横顔には、何の揺らぎもなかった。


「怖がられても、誤解されても――理解してもらえるまで、私は耐えるよ。

 だって、私は“間違ってない”って、自分で思えてるから」


 その言葉に、どれほどの重さがこもっているか、カイには分かった。どれだけ巨大になっても、リアーネの中には、まっすぐな正義と信念が根を張っていた。


 リアーネはしばらく考えるように視線を流したあと、にこりと笑った。


 「……やっぱり踏みつけじゃなくて、“追いかけっこ”にしましょうか。そっちの方がカイには合ってるものね」


 「へっ……?」


 「前と同じルールよ。私が追いついたら、あの木の上に置いていく」


 リアーネが顎をしゃくった先には、高さ10メートルの枝がゆらりと揺れていた。


 「前よりもずっと高いから、落ちたら大怪我よ? ……だから、絶対に捕まらないことね」


 「えええ、またそれ……!?」


 カイは頭を抱えながらも、すぐに笑って拳を握った。


 「よし、わかった。……受けて立つよ。でも前より広いとこ選んでくれよな!」


 「もちろん。そのために場所も地形も選んできたんだから」


 リアーネはゆっくりと足を踏み出す。 その一歩だけで、地面が低く震え、カイの周囲に風が巻く。


 「逃げなさい。今日の私は、ちょっと本気よ?」


 カイは全速力で走った。 足が地面を蹴るたびに、草が後方へと飛び散る。


 秒速10メートル――カイの限界に近い速度。


 だが背後から聞こえるのは、ゆっくりとした巨大な足音。


 ズン……ズン……ズン……


 距離はある。けれど油断すると、一歩で縮められる。

 リアーネの歩幅は、カイの8倍以上。


 「ったく、歩いてるだけなのに何で追いつかれそうになるんだよ!」


 カイは叫びながら、蛇行し、岩を飛び越え、木々の間を駆け抜ける。


 だが、背後の空気が変わる。

 リアーネの足音が、わずかに加速した。


 「やば……っ! 本気で来てる!!」


 巨大な影が、すぐ後ろまで迫っていた。


 カイは振り返る余裕もなく、ただひたすらに前へと走る――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ