27 夜影の余韻
静寂が戻った。つい先ほどまで森を揺らしていた突風も振動も、今は嘘のように息を潜めている――ただ、空気の密度だけが異様に濃い。
リアーネは丘の頂に立っていた。
身長十二メートル。肩幅は三メートル、腕は一本六メートル。重さ二十六トン――それらの数値はもはや“尺”より“地形”の単位に近い。
しかし彼女が一歩も動かないかぎり、森も空も石すらも震えを忘れたかのよう。自然は沈黙で敬意を払い、夜鳥は遠くで軌道を変えていた。
1 静かな対話
アグランは膝についた土を払いながら立ち上がり、深く息を吐いた。額を流れる汗はすでに冷え、瞳には驚きと同量の納得が宿る。
アグラン「……街の連中が見たら腰を抜かす。だが俺は――見られて良かった。ちょっと泣きそうだぞ」
冗談めかす声に、レナがかすかな笑いを漏らしたが首を擦る。高すぎる視線に首筋が悲鳴を上げているらしい。
レナ(心中)『怖い……けれど、それ以上に綺麗だ』
息が浅くなり、足首がまだ震えている。それでも視線を切る気にはなれなかった。
レナ「高すぎて……でも、本当に綺麗、ですね」
リアーネは目を瞬かせ、肩をわずかにすくめた。その僅かな動きでさえ上空の雲が渦を巻き、星明りが揺れる。
リアーネ「…この高さじゃ、見下ろすしかない。悪いけど」
声は柔らかいが、重低音が胸郭を震わせる。レナは身じろぎもせずに続けた。
レナ「少しだけ怖かった――でも、それ以上にあなたの優しさが伝わりました」
リアーネの肩から力が抜け、胸の奥で固く結ばれていたものがゆるむ。
リアーネ「……ありがとう。そう言ってもらえるのは、初めてかもしれない」
2 夜を護る決意
アグランが腕を組む。
アグラン「さて――今夜はここで休むつもりか?」
リアーネ「ええ。街へ戻ると騒ぎが再燃するわ。それに明朝、守りをどう強化するか自分の目で確かめたいの」
アグラン「壊す場所を選ぶ、ってわけだな」
リアーネ「無闇には壊さない。でも敵の大軍を想定するなら、私が踏み込む余白を作る必要がある」
アグランは納得の息をつき、笑みを浮かべた。
アグラン「任せるさ。修復費は……まあ、あとで泣きつくかもしれんがな」
レナ「ふふっ……」
三人の間に短い笑いが生まれ、そして夜風が再び静まった。
3 去りゆく足音
アグランとレナが森の小道へ姿を消すまで、リアーネは高く掲げた手でそっと見送った。その手ひと振りで木々がざわめき、星屑が揺らいだ。
静けさが戻る――否、静けさを支配する巨大な影だけが丘に残る。
4 一人の夜
リアーネは夜空を仰いだ。月が肩口のすぐ上にあり、まるで小さな灯籠のよう。「明日も守れる」と囁く声はない。ただ凍てつく大気がぴんと張り詰めている。
リアーネ(独白)「……せめて、彼らの眠る街に夜風が優しく吹くように」
その願いは吐息とともに白く膨らみ、森を包む闇へ溶けていった。




