23 戦火に立つ影(後編)
風がぴたりと止み、森の空気が張り詰める。
まるで大気そのものが、その巨人を中心に固まってしまったかのようだ。
リアーネは森の中にただ“立っていた”。
膝をほとんど曲げず、肩幅2.3メートルの上半身を静かに構える様は、まるで動く砦。
全長9メートル、腰の位置は5.5メートル。長くしなやかな脚は、最小限の動きでも圧倒的な破壊力を秘めている。
ブーツの高さは100センチ、足の大きさは140センチにもおよぶ。美しくも凶悪なまでの迫力を漂わせていた。
敵の数はおよそ300体――前半分(約150体)と後半分(約150体)に分かれ、包囲体制を敷いている。
しかし、その多くの視線は後衛に控える“たった一人”をロックオンしていた。
「……動かないぞ、あの女」
「的だ……あんなでかい的、見たことねぇ!」
――次の瞬間。
投石と矢、さらには斧や棍棒などの投擲物が、一斉にリアーネめがけて降り注いだ。
ドガッ! ガンッ! ドシュッ!
岩が、矢が、無数の武器が次々とリアーネの身体を打つ。
だが、彼女はまばたき一つせず、微笑みを崩さなかった。
「当てるのは自由。でも、私は崩れないわ」
金色のショートボブがゆるりと揺れる。
静かに右腕を動かし、空間収納から“彼女にとっての小石”――30センチほどの岩塊を取り出して指先に挟む。
ひょいと投げるだけで、ボグン! とゴブリンの頭部が粉砕された。
さらにもう1投、2投、3投。
まるで石を庭へ並べるように、丁寧に、一体ずつ“消して”いく。
一方、前方150体に突撃してきたゴブリン軍は、D級冒険者4人+カイが相手をしていた。
剣士ゾルドが盾を構え、弓兵リュカが投石部隊を撃ち落とし、軽戦士マリナが華麗に前衛を翻弄する。
癒し手フェイは味方の負傷をすかさず回復し、戦線を支えていた。
「……戦いやすい。こんなに冷静に動けるなんて……!」
リュカが矢を放ちながら思わず声を上げる。
投石や遠距離攻撃は、すべて後衛にいるリアーネへ集中しているからだ。
カイは剣を抜き、素早く敵陣へ斬り込む。
「リアーネさんが全部、引きつけてくれてる……! こんな形で助けられるなんて、すげえよ……!」
後方――
リアーネは接近してきた敵を、ブーツの蹴りで吹き飛ばしていた。
踏み込むたびに地面がめり込み、木々がごうっと揺れる。
10トンを超える圧力がゴブリンたちを簡単に踏み潰していくが、それでも彼女の表情は穏やかだ。
「大丈夫よ。前は、あなたたちが守ってくれるって信じてるから」
そう静かに呟きながら、リアーネはさらにもう一体を蹴り飛ばす。
敵はあまりに違いすぎる力の前に戦意を失いかけているようだった。
その時、カイの前に突如としてゴブリンジェネラルが現れた。
身の丈2.5メートルほどで、漆黒の鎧に身を固め、低く唸り声を上げている。
大振りの棍棒を振り下ろし、カイ目がけて襲いかかった。
「カイっ!」
リアーネが遠くから声を張る。
しかし――
「来いよ! 俺が相手だっ!」
カイは恐れを押し殺し、剣を正面に構える。
ドンッ! 衝突の余波で、カイの身体は後方へ大きく吹き飛んだ。
だが、その瞳から光は消えていない。
「……負けない……!」
剣を持ち直し、ゴブリンジェネラルの脇腹に一撃。さらに下段へもう一撃を入れる。
巨体の魔物が苦悶の声を上げた瞬間――
「今だっ!!」
カイは跳び上がり、全身の力を込めて**“リアーネの爪”で作られた剣**を振り下ろす。
首筋に触れた瞬間、グシャッという嫌な音が響き、魔物の動きが止まる。
ゴブリンジェネラルは、沈黙。
森は一瞬、ざわめきを失った。
後衛のリアーネは足元に散った小石を払いながら、静かに言葉をかける。
「……よくやったわ、カイ。あなたはもう“ただの弟”じゃない」
カイは荒い息を整えつつ、小さく笑った。
「……姉ちゃんの背中が、あったから……だよ……」
そう言ったきり、彼はそっと膝をつき、勝利の実感をかみしめた。
ゴブリンたちは士気を失い、一気に敗走する。
戦いは終わりを告げ、森には鳥の声と風の音が戻ってきた。
次回――
報告と昇格、そしてまた一歩、未来へ。
リアーネとカイの“冒険”は、さらに強く、深く続いていく……。




