22 戦火に立つ影(前編)
森の夜は深く、空気はひんやりと肌を刺す。
木々の間から見上げる星空は澄んでいて、その静けさがかえって不穏な気配を孕んでいた。
焚き火の火が、風に合わせてゆらゆらと揺れている。
今宵、リアーネたちは森の奥の小さな広場で野営していた。
D級冒険者4人――盾役の剣士ゾルド、弓を背負うリュカ、軽装の戦士マリナ、そして癒し手フェイ。
カイと、外れにどっかりと座る“巨影”――リアーネ。
9メートルの女戦士は、ただそこにいるだけで空間を支配するような存在感を放っていた。
「この人が……俺たちを助けてくれた、リアーネさん……」
焚き火を見つめながら、癒し手フェイがぽつりとつぶやく。
少し離れた場所で、弓兵のリュカが火に手をかざしながらうなずいた。
「正直、最初は“怖い”って思ってたけど……あの背中は本物だよな」
ゾルドが同意するように息を吐く。
「俺たちが村を救おうとした時、現れて……圧倒的な力でゴブリンを蹴散らしてくれた。
なんでそこまでしてくれたのか、ずっと不思議だったんだが……」
軽戦士マリナは小声で笑った。
「理由なんて、あの大きな笑顔を見ればじゅうぶんじゃない?」
その言葉に、リアーネはゆるやかに微笑んだ。
肩幅は2メートルを超え、腰の高さは5.5メートルにも及ぶ。
月明かりの下で見上げるその姿は、まるで森に立つ壁のようだった。
「……怖いと思うのは、自然よ。でも――私はあなたたちを信じてるわ」
その穏やかな声を聞いて、ゾルドが思わず視線を向けた。
「どうして、俺たちを……?」
リアーネは少し上を仰ぎ、木々の先にある星空を見ながら言った。
「あなたたちは、他人の危機を見て動く人たちだから。
己の強さだけで行動する者より、そういう人を信頼したいと思うの」
焚き火の揺れる光に照らされながら、カイが笑った。
「姉ちゃん、信じるのは得意だからね」
夜はしんしんと更けていく。
巨大な影の見守る中、彼らは交代で見張りをしつつ、静かに睡魔に身を委ねた。
翌朝。
鳥のさえずりが森にこだまする頃、5人と1人は森の中を進んでいた。
リアーネの一歩に合わせて、ほかの者が6歩以上を刻む。
マリナが微笑み混じりに呟く。
「……ブーツの横幅だけで私の肩幅あるって、すごいわね」
ゾルドも苦笑して応じる。
「だよな。膝の位置が2メートル超えてるし……壁かよって何度も思う」
リアーネはそんな会話にくすりと笑いつつ、足のペースはゆるめない。
朝露に濡れた木々をかき分けながら、目的地――森林に囲まれた開けた谷地を目指していた。
数時間後。
視界が開けると、そこにはゴブリンたちがうごめいていた。
約300体。指揮官はゴブリンジェネラル。オークやゴブリンシャーマンも混ざり、隊列を組んでいる。
リアーネが木々の上から視線を這わせる。
9メートルの高さから見下ろすその眼差しは、谷の構造と敵の布陣を一望に捉えていた。
「……囲まれやすい地形ね」
リアーネが小さくつぶやく。だが、その目に恐れの色はない。
ゾルドが盾を構え、リュカが矢筒に手を伸ばす。
マリナは足元の地形を確認し、フェイが静かに周囲の気配を探っていた。
カイは息を整え、少し声を落として言った。
「予定通り、わざと罠にかかって敵の配置を引き出すんだよね。俺たちは前半分を受け持つ。姉ちゃんは後ろ半分を」
リアーネは静かに頷く。
「投石と視線の圧だけで、ある程度は抑えられる。動きすぎると地形が壊れちゃうから……なるべく座ったまま押し返すわ」
各自がそれぞれのポジションへ向かおうとすると、リアーネが穏やかに声をかけた。
「……カイ。あなたは、この戦いで“ひとりの戦士”として立つのよ。私の助けを待たなくても、きっとやれる」
カイは剣の柄を握りしめ、深く息を吐いた。
わずかな指の震えを、自分の掌で押さえ込むようにして言葉をこぼす。
「……うん。やってみせる。姉ちゃんの代わりじゃなくて、俺の力でね」
リアーネは満足そうに頷き、片膝をついて構えを取った。
9メートルの女戦士と、5人の冒険者。
――今この瞬間、彼らは“並び立つ”存在だった。
森を覆う風が止み、わずかな静寂が訪れる。
遠方にうごめくゴブリン軍のざわめきが、かすかに木立を震わせる。
巨影が唸りを上げ、小さな剣が風を切る。
森が牙を剥くとき、彼らの決意が試される。




