閑話:おくりものとおいかけっこ (挿絵あり)
その日、風は穏やかで、雲は高く流れ、空はどこまでも透き通っていた。
丘の上には、静かで優しい時間が流れていた。
カイがいつものように草原の道を登っていくと、先に着いていたリアーネが、巨大な両膝を立てて座りながら、優しい笑みでこちらを見下ろしていた。
「カイ、来てくれてよかった。……今日はね、プレゼントがあるの」
リアーネは、空間収納からふわりと小さな布包みを取り出した。
彼女の手のひらの上では豆粒のように見えるその包みを、丁寧に、カイの前まで降ろしてくる。
「まず、これ。新しい武器よ。私の“爪”で作ったの。
鉄でも斬れるくらい強いわ。これなら、安心して使えるでしょう?」
包みの中から現れたのは、黒く光る短剣のような武器だった。
手に取った瞬間、カイはぴんときた。
――これは、姉の一部だ。
「……すげぇ。軽いのに、強そう。これ、いつ使ってもいい?」
「ええ。あなたの好きなタイミングで」
リアーネは少し間を置いて、もうひとつの包みを取り出した。
そして、静かに言う。
「そしてこれ。私の“髪”で編んだ……下着と靴下よ」
「……は?」
リアーネは変わらぬ笑みで、少しだけ首を傾げる。
「防具よ。どんな攻撃でも通さない。けれど――“私と別々になる時だけ使って”。
それ以外の時は、あなたには必要ないものだから」
カイの顔がひきつる。
「避けるの、俺サボると思ってるでしょ」
リアーネの金髪が、陽の光を受けて柔らかく揺れた。
「ふふ、図星ね」
その後、リアーネがすっと立ち上がる。草原がざわめき、影が伸びる。
ゆっくりとした一歩でさえ、彼女の脚はカイの何倍もの距離を踏み越える。
「じゃあ特訓よ。歩幅は六倍、私は“ゆっくり”歩くから。あなたは……逃げるの」
「え?」
リアーネが指さす先には、一本の大きな木が立っていた。
その枝のひとつは、地面からちょうど六メートルの高さにある。
「逃げられなかったら、あの木の上に置き去り。十分間ね。飛び降りたらダメよ?」
「マジかよっ!」
カイは草原を全力で駆け出す。
その背後で、リアーネが静かに一歩、また一歩と歩き出す。
――だが、その一歩が、カイの六歩分。
「ちょっ、ちょっ、待って! はやっ……いや、“ゆっくり”か!?」
「ゆっくりよ? ふつうに歩いてるもの」
リアーネの足音は、草原に低く響く地鳴りのようだった。
巨大な足が草を押し潰し、小さな木々をかき分けながら迫ってくる。
そのたびに、風が鳴り、空気がぐっと重くなる。
「やばいやばい、これ絶対つかまるやつ!」
そして――
ふわっ
幅1メートルの手のひらが、軽々とカイを掴み上げた。
あっという間だった。
「はい、終了。罰ゲーム」
「えっちょ、もう! 姉ちゃんマジでやるの!?」
次の瞬間、リアーネは腰をかがめることなく、その枝の上へとカイを“ぽん”と置いた。
「わぁぁああ……!高っ……! ……こわ……(少し良い眺めかも)」
枝に手を添えたリアーネは、にこりと微笑んで言う。
「十分ね。ちゃんと反省してて?」
とカイを置いて立ち去った。
カイは身を縮め、枝の上で座り込む。
十分後――
再びリアーネの指が枝に届く。彼女はカイをつまむようにしてそっと持ち上げると、自分の顔の前まで運んだ。
「どう? 次はちゃんと避ける?」
「……はい。ちゃんと避けます……」
罰は済んだ。リアーネはゆっくりとカイを地面に下ろすと、ふたりは草の上に並んで座った。
日が傾き、空がやわらかく染まり始めていた。
カイは手にした黒い武器を見つめる。
それは、リアーネの“爪”でできたもの。姉の力の象徴だった。
「姉ちゃんの髪と爪、強すぎじゃない?」
「私、強いからね。あなたがそれにふさわしくなるまで、ちゃんと頑張らせるつもりよ?」
「……ハードモード確定じゃん……」
カイは苦笑いを浮かべた。
けれど、どこかくすぐったくて。
そしてとても、安心できる夕暮れだった。




