18 影が落ちるとき (挿絵あり)
朝。
街の門前に、9メートルの女戦士――リアーネが立っていた。
「目線を合わせるには、どうしてもこれくらいまで低くなるのね……」
と、リアーネは両膝をつき、片手でそっと塀の角に触れた。
だがそれでも、彼女の胸は塀の高さ(4メートル)を優に超えており、門番の目線の上には、なお彼女のベルトがあった。
「え……そ、そんなに屈んでて、まだ……見上げる感じ……?」
門番は、朝の挨拶をしようとして、完全に固まってしまった。
リアーネは、優しい笑顔を崩さず、そっと言う。
「ごめんなさい。今日はカイが風邪気味なの。街で休ませてるわ」
「え……そう、なんですか……」
「あの子のぶんまで、きっちり終わらせてくるわね」
そして、塀の向こうへと手を差し入れた。
幅12センチ、長さ46センチのその指が門番の腰にそっと触れ、次の瞬間には――
「うわっ……」
門番は、空中へと軽やかに持ち上げられていた。
リアーネの手のひらは1メートル四方――門番の胴回りが、すっぽりと収まってしまう。
「こうすれば、顔を見て話せるでしょう?」
リアーネの眼前。門番は塀の上に立ち、彼女の目線の高さで、真正面から見下ろされた。
風に金髪がなびく。その向こうにある、巨大で美しい双眸。
「……で、でけぇ……いや、美し……いや、出発ですね。気をつけて!」
「ありがとう。すぐ戻るわ」
リアーネは門番をそっと地面に戻すと、立ち上がる。
その動作だけで、地面がわずかに沈み、門柱がカタカタと揺れた。
彼女が街を出るとき――人々は、特別な音を聞く。
それは“歩く音”ではない。
それは、大地が反応する音。
リアーネの歩幅は4.5メートル以上。
街道の敷石に足が触れるたび、わずかな震動が伝わる。
門番は、彼女の背を見送る。
長くしなやかな脚、柔らかな腰のライン、そして――あまりにも巨大で、凛とした美しさ。
「……あれが人間かって思うくらい、美しい……」
森を抜け、しばらく進んだ先。
木々の影から、リアーネは一歩前へ出た。
その瞬間――
世界に、影が落ちた。
朝日をさえぎるその影は、ゴブリンの集落全体を覆った。
「ギャ……ギッ!?」「ヒィ――ッ!!」
太陽の代わりに、巨大なシルエットが空を支配した。
リアーネは静かに言う。
「……まずは、力の調整からね」
そして、一歩踏み出す。
ズゥン……ッ。
地面が低く鳴る。
足幅50センチ、靴底の厚みは10センチ以上――リアーネの一歩は、地形に“圧”を刻む。
集落は混乱する。
ゴブリンたちは四方に逃げ出すが――
リアーネは慌てない。走らない。跳ばない。
ただ、歩く。
1歩。2歩。
そのたびに、木造の柵が振動で揺れ、倒れる。
逃げ惑う1匹を、リアーネは指先でつまみ上げた。
金属よりも硬い爪先が、空気を切る。
掴んだその小さな身体を、目線の高さに持ち上げる。
「……ごめんね。あなたで、試させてもらうわ」
そして――握る。
ベキュ。
音が鳴る。柔らかな抵抗が指の中で砕け、赤い飛沫がこぼれる。
リアーネの表情は変わらない。
ただ、ほんの少しだけ、眉を寄せた。
「……潰れちゃった。強すぎたわね」
次は、やや力を抜いて。
ギュッ、と皮膚が沈む感触――
ゴブリンの目が白く反転し、ぐったりと力を失う。
「……これくらい?」
リアーネは、何度も試しながら、指の感覚で力を微調整していく。
つまむ。握る。落とす。
つまむ。押さえる。倒す。
ただ、それだけ。
その様子は、まるで――
“花を摘むような静けさ”だった。
やがて、集落に残ったのは、逃げ遅れた数体だけ。
リアーネはさらに歩を進める。
その一歩は、ゴブリンの十歩。
どれだけ必死に逃げても――歩くだけで、追いついてしまう。
「もう終わりよ。次は、あなた」
逃げる背中に手を伸ばし、つまみ上げる。
その指が動いた瞬間、逃走の意志は消えた。
――絶望とは、こういう姿をしているのかもしれない。
その日、集落は“静かに”消えた。
叫びも、反撃もなかった。
戦いではなかった。処理だった。
ただ一人の女戦士が、
街の安全のために、“整地”しただけだった。
帰路。
リアーネは、草の上に膝をつく。
戦闘の跡を丁寧に確認し、指についた泥を拭いながらつぶやいた。
「……少しずつ、分かってきたわ。どこまでなら……壊さずに済むか」
風が草を揺らす。太陽は再び、彼女の影を地面に伸ばす。
「私は、もっと上手に守れるようになる。……きっと」
巨大なその背中が、またゆっくりと、街へ向かって歩き出した。




