16 成長する影、軋む天井 (挿絵あり)
ギルドの重厚な扉が、**ギィイ……ギギ……**と、ゆっくりと開いた。
人々の会話が途切れる。その理由はすぐに分かる。
リアーネが入ってきたからだ。
高さおよそ10メートルほどの吹き抜け構造をもつホール――2階部分の床は4メートル付近にあり、そこからさらに6メートルほど天井が伸びている。
初見の冒険者なら「十分広い」と感じる巨大な空間だろう。
けれど、身長7メートルになったリアーネにとっては、もはや余裕のある空間ではなかった。
彼女の肩幅は175センチ、腕の長さは3メートル近い。
金髪が太陽のように揺れ、床の石を柔らかく踏みしめながら、ホールの中央へとゆったり歩みを進める。
周囲の冒険者たちは、その巨大さに圧倒されつつも慣れつつあった――はずだった。
だが――彼女が完全に足を止めた瞬間、床が微かにきしんだ。
「……?」
誰かが疑問の声を漏らす。
そのとき、リアーネの足元から、じわりという音が聞こえてきた。
ズ……ズズ……。
「ギ、ギルドの床が……?」
冒険者たちは一斉に視線を落とし、そして、リアーネの身体へと目を戻した。
彼女の身体が――さらに大きくなっていた。
7メートル10。
肩幅が180センチに近づく。足のサイズは100センチを超え、金髪の先端がわずかに2階床の縁へ近づく。
けれどリアーネは、まるで自然な呼吸をするように、ただそこに立ち続けていた。
「……成長、してる……!」
誰かの声が、ホール全体にこだまする。
途端に空気が張り詰め、ホールの奥で誰かが椅子を倒す音が響いた。
7メートル30。
リアーネがゆっくりと息を吸う。
その胸の上下だけでも、人間からすれば大きく見えるが、今は**“それ以上”**に全身が拡張している。
「まずい……! このままだと――」
冒険者の一人が後ずさる。
2階の手すりに寄りかかって様子を見ていた仲間も、思わず下を覗き込む。
その視界に収まったのは、人の形を保ったまま拡大を続ける“何か”。
7メートル50。
**ギシッ……ギギギ……**と、天井の梁がわずかに振動する。
リアーネの頭が、2階のランプの高さを捉え始める。
周囲の冒険者たちが、何も言えずに見上げる中――
リアーネは静かに笑っていた。
7メートル70。
脚の筋肉がさらに強調され、ひときわ雄大な曲線を描く。
腕の長さは3.5メートルを超え、2階の欄干から手を伸ばせば容易に触れられるほど。
「誰か、止めろ! ギルドが壊れるぞ……!」
声が上がるが、どうやって止めればいいのか、誰も分からない。
彼女の成長は――彼女自身ですら制御できないものだった。
8メートル。
床がさらにきしむ。
天井に取り付けられたランプが揺れ、鎖がチリチリと音を立てる。
3階分の高さはなくとも、吹き抜け最上部は10メートルに満たない。もう余裕はほとんどない。
ギルドの受付嬢が、震えながら顔を上げた。
かつては見上げるだけでも圧迫感があったのに、今はもう、恐怖に近い。
8メートル20。
壁の一部が軽く軋んだ。
少しでも動けば、どこかを壊してしまいそうだ――そんな緊張が、ホール全体を覆う。
「……なんで、笑ってるんだ……あんなに大きくなってるのに……」
後ずさる冒険者の呟きに、カイが小さく答えた。
「……怖いんだよ。きっと、自分でも。
本気で怒った顔を見せたら、誰だって壊れちまうと思ってるから……笑ってるんだ」
カイの声には、リアーネへの理解と、ほんの少しの哀しみが混じっていた。
8メートル40。
リアーネの頭が、ついに天井に取り付けられたランプを見下ろす。
そのまま彼女は、顔を上げて天井を見つめた。
梁がミシッときしむ。
ランプが彼女の髪先をかすめる。
もう少しで、頭が天井に触れる――
それでも、リアーネは動かない。
微かな笑みを保ったまま、ただ黙って成長の終わりを待っていた。
8メートル60。
ホールの誰もが息を飲む。
轟音もなく、爆発もなく、ただ静かに――ひたすらに圧迫感だけが膨張していく。
8メートル80。
天井のランプが**ギギ……**と鎖を軋ませる。
彼女の頭上まで、手のひら一枚ぶんほどしか空きがない。
「……もうやめてくれ……ギルドが……!」
叫びは、もう届かない。
リアーネは微かに目を閉じ、まるで祈りのように微笑むだけ。
9メートル。
成長が止まった。
その瞬間、ホールは深い沈黙に包まれる。
驚きも、悲鳴も、呆れも、すべて消え去った。
ただ「圧倒された」という心しか、そこには残っていない。
天井まで、わずか数十センチ。
もし彼女が小さく伸びをしたなら、梁を壊していたかもしれない。
誰かがつぶやいた。
「……化け物、だ」
けれど、その声ですらリアーネの足元までは届かない。
あまりにも高く、あまりにも巨大で、あまりにも――静かだから。
リアーネはゆっくりと、微笑を収めた。
「……これが、止まったみたい」
声は大きいが、決して耳をつんざくものではない。
けれど、その深い響きに、ホール全体が身を竦める。
カイが、息を詰めながら彼女を見上げる。
「ああ、止まった……ね」
リアーネは、そっと視線を下ろした。
ギルドの床に亀裂が走り、壁の一部にはひびが入っている。
椅子が数脚、倒れて転がっていた。
そして、人々は皆、遠巻きに彼女を眺めていた。
「……少しだけ、視界が変わったわ」
その言葉に、誰も答えられない。
誰も“何を変えた”のか分からない――だが、確かに世界は変わってしまった。
次回へ続く。
新たな大きさを得たリアーネは、この先どんな風景を見下ろすのか。
ギルドの者たちは、この巨体をどう受け入れるのか。
静かな戦慄が、物語の幕をまた一つ深く裂いていく。




