14 静かなる依頼報告
ギルドの大扉が、**ギィ……ギギ……**と、いつもより深く、鈍い音を立てた。
その音の理由は、すぐにわかった。
扉の向こうに現れたのは、汚れた姿のリアーネだったからだ。
金髪には土が絡み、ブーツには泥が付き、ミッドリフジャケットとスポーツブラには地面の擦過跡が残っている。
そして、全身がほんのりと煤けていた。
けれど、彼女の表情は、どこまでも静かだった。
まるで、これが当然であるかのように――**「ただ帰ってきた」**という、それだけの顔。
ホール内の空気が、見る間に張り詰める。
リアーネは入口からまっすぐ、床の奥の一角――いつもの、天井が最も高い場所へと向かった。
椅子には座れない。だから、彼女はいつも**「床に座る」**。それが一番、周囲を怖がらせないやり方だった。
だが今日は、その床に土の跡が残った。
靴底が泥を含んでいたから。彼女が服を払わずに来たから。
誰もそれを責めはしない――けれど、誰もが、その**“現場の重さ”**を察していた。
カイが受付に報告に来ると、受付嬢が一瞬、リアーネの方を見てから息を整えた。
「おかえりなさい。……その、ご無事で何よりです」
「地下に巣がありました。シャーマンがいたので、FランクではなくEランク相当の難度だったと思います」
報告は簡潔だった。だが、受付嬢の表情が、ピクリと強張る。
「……シャーマン、ですか」
ギルド職員にとって、それは“別格”の敵種。魔力を扱うゴブリンなど、本来ならE〜Dランクでも慎重な編成が必要だ。
嬢は目を泳がせながら、書類の端をめくった。
「状況と証拠を踏まえれば、討伐はEランク相当と判断されます。昇格候補として処理いたします」
「……ありがとうございます」
その間、リアーネは何も言わなかった。
ただ、座っていた。何も語らず、何も動かず――だが、その存在が、すべてを“語って”いた。
――その汚れた服は、戦った証。
――その煤けた肩は、仲間を救った証。
――そして、その沈黙は、力を誇らぬ者の誇り。
受付嬢がふと、リアーネの足元に目を落とした。
泥まみれの足の甲には、何かを握り潰した痕跡があった。
折れた骨の破片のようなものが、ブーツの縁に挟まっていた。
受付嬢は、恐る恐る訊いた。
「……その、ご自身で……倒されたのですか?」
リアーネはほんの少しだけ、首を傾げる。
「ひとつだけ。カイが倒しきれなかったものがいて。時間が惜しかったから……片手で処理したわ」
それは、報告の途中にカイが補足したことだった。
――リアーネは、地下の広間に半身だけ入り込み、
――ゴブリンシャーマンを片手で目線の高さまで持ち上げ、
――何も言わず、そのまま力を込めた。
ギシッ……という、布ではない何かが潰れる音。
ゴブリンたちはそれだけで、指揮を失った。
ホール内にいた他の冒険者たちは、固唾を飲んでそれを聞いていた。
だが、誰も声を上げなかった。
なぜなら、それが**リアーネの“本当の恐ろしさ”**を、彼らに知らしめたからだ。
力任せの破壊ではない。
無言で、必要最低限だけの、絶対的な一撃。
そして、それすらも語ろうとしない静けさ。
受付嬢は一度、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。お二人には、次の依頼もぜひ……」
その言葉に、リアーネはようやく、柔らかな声で返した。
「ええ。けれど、もう少しだけ洗わせてほしいの。このままでは、少し臭うわ」
ギルドホール内に、わずかに笑いが漏れた。
その笑いは、恐怖ではなく、安堵だった。
その日、彼女たちはEランク相当の実力を認められた。
そして次の任務は、正式な昇格判断のための“選別任務”となる。
だが、リアーネはそれを気負わなかった。
ただ隣にいるカイを見つめて、小さく言った。
「あなたがいる限り、私はどんな場所でも、動けるわ」
彼女の汚れた服が、少しだけ風に揺れていた。




