13 焦土の村と黒き穴
焦げた木の匂いが、風に乗って鼻をつく。
辺境の村――名も記録も消えかけた小さな集落の跡地に、リアーネとカイは立っていた。
焼け落ちた家々。崩れた柵。ところどころに散らばる、鉄器や食器の残骸。
土の上には、誰かが足早に逃げようとした跡が、黒ずんだ血とともに残されていた。
この村は、ゴブリンに襲われ、完全に滅ぼされた。
そして今、ふたりの任務は――この村で何が起きたのかを**“調べること”**だった。
リアーネは村の外れ、小高い岩の上に腰を下ろしていた。
その岩は人間であれば三人がかりで登るほどの高さがあるが、リアーネにとっては、腰かけてちょうど地平が見渡せるほどの“ちょっとした腰掛け”だった。
身長7メートル。肩幅は路地を塞ぎ、太腿の幅だけで子どもなら5人並べる。
金髪が風に揺れ、その大きな瞳は、村全体を――いや、その先の森や丘までも視野に収めていた。
「……この村、燃やされた家が多いわね。でも、被害に偏りがある」
リアーネの声は風に割り込むようにして、遥か下方にいるカイへと届く。
彼女の指が動く。人間の胴ほどもある指先が、焼け落ちた家々の“分布”を空中に描くように動いた。
焼失した建物の向き、焼け残った構造、すべてを脳内で地図化しながら。
「南西側の3棟は完全に灰。けれど、北側の家々は骨組みだけ残ってる。襲撃の進行方向は……西ね」
それは、地面を這う目線では決して得られない情報だった。
一方、カイは倒壊しかけた家屋の中を慎重に進んでいた。
剣を抜き、足元を確認しながら、壁の割れ目や床下に目を凝らす。
ある家の裏で、彼は微かな土の崩れに気づく。土の色が違う。雨に濡れていないのに、そこだけわずかに沈んでいた。
「……これは、地下が空洞になってる?」
カイが膝をつき、慎重に土を払うと、そこには**木で塞がれた“蓋”**があった。
腐りかけた板の隙間から、ほんのりと湿った風が吹き上がる。
「リアーネ! 怪しいの、見つけた!」
数秒後。地鳴りのような足音が近づいてくる。
ズゥン……ズン……
焼け焦げた地面に、そのブーツの先が立つたび、薄く積もった灰が舞い上がる。
ミドルブーツの靴底が、子どもの頭ほどある石を押し潰しながら、カイの前に現れる。
リアーネはしゃがみこみ、目線を蓋の位置へと落とした。
「……空気が下から流れてきてる。風向きも一定。……何か、あるわね」
リアーネの指が蓋の縁に添えられる。
そして、まるで本のページをめくるように、片手でそれを持ち上げた。木片が舞い、湿った風が流れ出す。
地下へと続く、階段状の通路が現れた。
中は暗く、粘つくような水音や、何かが擦れる気配が漂っている。
リアーネは階段を覗き込み、背後のカイに言った。
「これは、地下の巣穴……ダンジョンの構造ね。ゴブリンの集落が、地下にある可能性が高いわ」 「……やっぱり、そうか」
カイは剣の柄を握り直す。戦闘の気配が、肌に刺さるように感じられた。
「入るのは俺が先だ。お前は入り口で待っててくれ」 「ふふ、言うようになったわね。でも、無茶はしないで。あなたが声を上げたら、私はすぐに入るから」
リアーネは片膝をつき、慎重に指でカイを持ち上げると、自分の顔と目線を合わせた。
その目に、彼の覚悟を読み取った彼女は、黙って頷いた。
カイが階段に足をかけたとき、リアーネは一度だけ、村全体を見下ろすように振り返った。
「……何か、おかしい」
彼女はそう呟いた。けれど、その“違和感”の正体は、まだ掴めていなかった。
カイが地下へと消えてから、数分も経たないうちに、叫び声が響いた。
「リアーネッ!!」
瞬間、地上にいたリアーネの表情が変わった。
次の瞬間、彼女の巨体が大岩の上から跳ねるように地を蹴った。
**ズウゥン!**と地面が揺れ、焼け焦げた地に土煙が巻き上がる。
駆け寄った先にある“地下口”は、1メートル四方の木枠のような狭さ。カイですら屈んで入った穴だ。
――だが、リアーネは迷わなかった。
「私のカイが、中で死にそうになってるのよ」
彼女は地面に膝をつくと、拳を握り――
「悪いけど、壊すわ」
その拳が地面を打ち抜いた。
**ズガァン!**と響く音とともに、地面ごと数メートルが崩落し、地下通路の天井が露出する。
リアーネは、地割れに体を横たえ、滑り込むように自らを押し込んだ。
肩幅が土壁をこすり、腰が途中で引っかかる。
つま先が壁を砕き、ブーツが通路を押し広げる。
しかし彼女は、顔をしかめることもなく、まるで“自身を道具のように使う”かのような精密さで体を潜り込ませていった。
地下広間。
シャーマンの杖が再び呪文を唱えようと振り上げられた、その瞬間――
ドゴォン!
壁が崩れ、巨大な手が暗闇から突き出された。
その手は、人間の胴体よりも太く、指先には鋼のような爪が輝く。
「ヒィ……ッ!?」
シャーマンの腕が掴まれる。
だが次の瞬間、リアーネは呟いた。
「生きたまま、話してもらうわ。少しは情報、持ってるでしょ」
その手は、杖だけをバキィッと粉砕し、シャーマンの体ごと壁に叩きつける代わりに、地面に転がした。
リアーネの上半身と片腕だけで、広間はほぼ制圧された。
「私の仲間に、手を出した報いよ」
その声は低く、冷たく、怒りと理性の狭間で震えていた。
ゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出し、カイは壁際で倒れていた。
リアーネは、そっと手を差し伸べ、彼の体を“つまみ上げる”のではなく、
大切な器を扱うように、掌で包み込んで抱き上げた。
「……無事でよかった」 「いや、ギリギリだった……ほんと、助かった……」
その声に、悔しさと感謝が滲んでいた。
地上に戻る頃には、空には星が出ていた。
リアーネの服は土埃で汚れ、髪には小石が絡んでいたが、彼女は気にしていなかった。
隣にカイがいる――それだけで、十分だった。
「次は、もう少し早く呼んでくれていいのよ」 「いや、次は……呼ばなくて済むように頑張るよ」
リアーネは、口元に静かな微笑を浮かべた。
その笑みの奥に、まだ拭えない“違和感”の影を残しながら――。
風が二人の間をすり抜け、静かな夜が、焦土の村に降り始めていた。




