12 街を歩く影と慣れた眼差し
陽の傾いた街路に、ひときわ異質な影がゆっくりと伸びていた。
肩幅が人の身をすっぽり包むほどのその影は、ただ歩くだけで視線を集めていた。
その主――リアーネ。
身長7メートルの女戦士。ひとたび街を歩けば、存在そのものが注目を集める。
肩幅は175センチ。路地裏の通路なら、一歩で塞がってしまう。
股下は370センチ、人の背丈ではその足の付け根を見ることすらできない。
足の長さは110センチ。踏み出すたび、空気が押し出され、紙くずが舞い上がる。
重低音のような地鳴りが、石畳に微かに残る。リアーネ自身はそれを抑えているつもりだった。
だが、静かな街中では、その一歩一歩が否応なく響く。
頭部は80センチほど。黄金のショートボブが陽光を受けて淡く光り、風にそよぐその髪が、巨大な像のような威厳と少女の柔らかさを同時に演出していた。
通行人たちは、彼女の姿を目にした瞬間、そっと距離を取った。
視線を逸らす者。店先に身を引く者。親の手を引く子どもが固まり、そのまま親と道を変える。
それが、今のリアーネに対する“普通の反応”だった。
リアーネは、何も言わなかった。
初対面の者には、常に警戒される。常識を超えた自分の存在が、人々にとって異質であることを、彼女自身が誰より理解していた。
静かな街路に沈黙が満ちる中、門の前だけは、少し違った空気が流れていた。
街の門を見張る二人の衛兵が、彼女の姿に気づいて声を上げる。
「おっ、リアーネ嬢じゃねえか。今日もでっかいな!」
リアーネは一瞬、ほんの一瞬だけ顔を緩ませた。
「あなたたちにそう言われると、なんだか安心するわ」
「そりゃそうだ。すぐでかくなるからな。明日になったら門の高さも足りないかもしれん」
「そうなったら、あなたたちが作り直して」
「……げ、そりゃ勘弁」
彼女の冗談に、衛兵たちは少し驚いたような顔を見せたが、すぐに笑いに変わった。
彼らは“慣れた”のだ。
リアーネが、ただ大きいだけの存在ではないことを、少しずつ、確かに理解していた。
門を抜けた先の広場で、カイが待っていた。
「姉ちゃん。街の人たち、相変わらずだった?」
「ええ。変わらないわ。……でも、衛兵たちはずいぶん馴染んできたわね」
リアーネが近づくと、巨大な影がカイの前に落ちた。
けれどカイはもう、その影に慣れていた。
それはまるで、“屋根”のように頼もしく。むしろ、その暗がりに安心すら覚えていた。
「次の依頼、張り出されてたよ。Bランクの上位が動いてて、Fランク以下の小規模集落も追加されてる」
「それなら……もう少し、稼げそうね」
リアーネは空を見上げた。
陽が傾き始めた空に、鳥の影がいくつか揺れていた。
その日、ふたりはギルドに戻ることなく、そのまま郊外へと足を向けた。
また、新たな依頼。
次なる戦い。
リアーネの影は、街から離れるたびに人目も薄れていく。
けれど――その背には、“信頼”と“受け入れ”という目には見えない贈り物が、静かに積もりはじめていた。




