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巨大女戦士の冒険  作者: ranranslime
1章 冒険のはじまり
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閑話:とあるD級冒険者達の救出

 夜の冷気が、骨の芯まで染み込んでいた。

 街へ戻る道の途中、俺――ゾルドは、木々がそよぐ音の向こうにかすかな光を見つけた。

 小さな村の明かりだろう。そこから、淡い煙が夜空に昇っている。少し胸騒ぎを覚える。


 後ろを歩いていたリュカ(弓使い)が、口元を引き締めて言った。


 「……なんか、妙に赤い煙じゃないか? まさか火事じゃあるまいな」

 「厄介な予感がするわね」

 鼻を鳴らしたのはマリナ(軽戦士)。依頼帰りでみんなヘトヘトだが、放っておけるわけがない。

 「フェイ、体力は大丈夫か?」

 「う、うん……回復魔法の残量も、まだ少しなら…」

 フェイ(癒し手)は疲れた声を漏らしながらも、しっかりと頷いた。


 俺たちはD級の冒険者チーム。本来なら、もうとっくに宿で休んでいる時間だ。

 けれど、この光景を見てしまった以上、素通りはできない。


 「行くぞ。場合によっては救助が必要かもしれない」

 そう言って、俺は盾を抱え直す。体に鉛のような疲労感が広がっていたが、仲間の顔を見ると自然と足が進んだ。


 村は半壊状態だった。

 夜の静寂を突き破るように、木製の家屋が燃えている。悲鳴こそ聞こえないが、人気がないのが逆に怖い。

 わずかに息を呑んだリュカが、弓を構えた。


 「……いたぞ。ゴブリンだ」

 ちらつく炎の影から、十数体のゴブリンが這い出してくるのが見えた。

 しかも、そのうち数体は普通のゴブリンより頭ひとつ大きい。武装も鎧をまとい、棍棒や錆びた剣を持っていた。


 「これ、下手するとホブゴブリン級か……!?」

 マリナが吐き捨てるように言う。

 「どうする? やるのか? こっちはまともに休んでないぞ」

 リュカが急ぎ足で後退しながら言った。

 「……やるしかないだろ。村がこんな状態なのに、引き返せるわけがない」

 胸を押さえ、フェイが震える声で呼応する。


 「同感だ。やるぞ」

 俺は盾を構え直した。足元が若干ふらつくが、気力だけはまだ残っている。

 ゴブリンたちが血走った眼でこちらをにらむ。こいつら、既に村の住民を殺したか攫ったか……考えれば考えるほど、胸糞が悪い。

 「行くぞ、リーダー」

 マリナが声を掛けてくれる。

 俺は頷き、足を踏み出した。


 ゴブリンが突っ込む。

 瞬時に、俺が盾で受ける。衝撃がズシリと右腕に伝わり、歯を食いしばる。

 リュカが横から矢を射るが、狙いが外れ、棍棒を持ったゴブリンにかすめるだけだった。


 「くそ、暗いと狙いにくい!」

 リュカが焦る声を上げる。マリナが前線に回り込み、素早い動きでゴブリンの脇腹を斬りつけた。

 刃が骨に当たった音がして、ゴブリンが絶叫する。


 しかし、敵の数が多い。

 次々と襲いかかるゴブリンの群れ。俺たちは4人で踏ん張っているが、疲労の蓄積が厳しい。

 フェイの癒し魔法も残量が少なく、致命傷は防ぎきれないかもしれない。


 いっぽう、ホブゴブリン級と思しき個体が2体もいる。

 そのうち1体は錆びた剣を握りしめ、低い声で唸りながらこちらをうかがっている。

 もう1体は、まるで指揮官のように他のゴブリンを指示し、包囲の布陣を崩さない。


 「まずい。これ、ガチでリーダー格だ……!」

 マリナが血を拭いながら叫ぶ。息が上がっている。

 リュカは矢をつがえるが、その腕も震えていた。


 俺の足元にゴブリンの刃がかすり、火花が散る。

 盾で何とか弾くが、俺ももう限界が近い。ふと、遠巻きのリュカと視線が合う。

 (このままじゃ、押し潰される――?)


 そのときだった。

 ドォン…… と、地鳴りのような音が聞こえた。

 振り返ると、闇の向こうに大きな影が動いているのが見えた。こちらへ近づいてくる……いや、地形が揺れているように感じるほど、大きい。


 何かの魔物か? それとも、さらに厄介な敵?

 俺は咄嗟に盾を構え直そうとしたが、体が動かないほど疲れていた。


 「な、なんだ……あれ……」

 マリナの声が驚きに染まる。リュカも矢を放つのを忘れ、口を開けていた。


 その“影”は近づくと、ゴブリンたちの後列を一瞬で薙ぎ払った。

 いや、厳密には触れただけかもしれない。けれど、ゴブリンが数体吹き飛び、地面に転がる。


 沈黙。

 この場にいる全員が、何が起きたかわからなかった。


 そして――月明かりの中、その正体が見えた。


 7メートルはあろうかという巨大な人型のシルエット。

 ショートボブの金髪が、闇夜の中でほのかに光を反射している。女性……?  まさか、人間なのか?


 ゴブリンどもが一斉に動揺する。先ほど指揮官じみた動きをしていたホブゴブリンが、喉を鳴らして後退しようとした。

 そのとき――巨人の脚が、静かに地面を踏んだ。


 ズゥン……


 それだけで空気が震え、地面がわずかに沈む。

 リーダー格が一瞬にして体勢を崩し、ゴブリンどもが悲鳴を上げて左右に散る。圧倒的な質量差。もはや相手にならない。


 「……どうやら、間に合ったわね」

 女性の声が聞こえた。落ち着いた、低めのトーン。

 俺たちは、その声にぼう然としていた。まさか“人の言葉”を話す巨人がいるなんて。


 彼女は、手を伸ばした。

 ホブゴブリンが恐慌状態で振りかぶるが、その巨腕(いや、人間の腕?)にぴたりと掴まれる。

 ゴブリンの巨躯が、おもちゃのように宙づりになり――次の瞬間、地面に落下させられ、そのまま気絶した。


 残りのゴブリンたちは、この瞬間を見て一斉に逃走を図る。

 彼女は追いかけない。むしろちらりと村の様子を見回し、俺たちの方にゆっくりと向き直った。


 そこに立っていたのは、紛れもなく人間の女性だった。

 ……規格外に、巨大すぎるだけだ。

 足元には大きなブーツ、鍛え上げられた胴体や腕がはっきり見える。けれど、その顔立ちは整いすぎていて、まるで夢の中のように感じられた。


 俺たちは言葉も出せずに立ち尽くす。

 疲労と衝撃と、まさかの光景……全部が一度に襲ってきて、思考が止まる。


 女性が、すっとしゃがみ込んだ。

 7メートルの体躯が地面に近づくと、普通なら考えられないほどの威圧感がある。だけど、不思議と怖さ以上に“安心”があった。


 「怪我は……大丈夫?」

 その声は静かで、どこか優しげだった。


 マリナが膝から崩れ落ち、笑うように呼吸を整えた。

 「……なんとか、まだ生きてる……」

 フェイは必死にみんなの傷を確認している。

 リュカは矢筒を抱えたまま放心状態。口が開いて閉じない。


 俺はようやく言葉を振り絞る。


 「……あ、ありがとう……助かった……」

 「気にしないで。私も、たまたま通りかかっただけ」


 そう言って、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 頭上の月明かりに、彼女の金色のショートボブと穏やかな瞳が照らされる。


 「ここは、もう危ないから……もし力が残っているなら、明かりのある場所で休んだほうがいいわ。村の状況も、私が確認してみる」


 俺たちは声も出せず頷いた。

 リュカがようやく口を開きかけるが、うまく声にならない。


 すると彼女は小さく微笑み、そっと背を向けた。

 夜風が吹き、草が彼女の足元でわずかに揺れる。大きな足跡が地面に残り、まだかすかに熱を帯びていた炎の光が、その輪郭を浮かび上がらせる。


 「……本当に、何者だ……?」


 マリナが呆然とした声を漏らす。

 フェイは、怪我をした腕に回復魔法を当てながら、か細い声で言った。


 「……人……だよね? でも、あんな大きさ……」

 「俺たちよりも、ずっと……」

 リュカが言葉を続けようとしたが、出てこない。代わりに、沈黙が降りる。


 不思議なほど、敵が消えた村は静かだった。

 遠くで倒れたホブゴブリンの呻き声が聞こえる。そこまで確認してくれたのか、彼女の姿はもう見えない。


 やがて俺たちは、全員の生存と軽い負傷だけで済んだのを確認すると、村のまだ無事な一角に身を寄せ合った。

 まるで嵐が過ぎ去った後みたいだ。ゴブリンの一団を蹴散らした“あの人”――


 「一体、なんだったんだ……」


 その疑問だけが、頭の中を巡る。

 巨大なシルエット、優しい声、ゴブリンをほんの一瞬で屈服させる圧倒的な力。


 リュカがようやく落ち着きを取り戻し、ぽつりと言った。


 「……噂、聞いたことがあるんだよ。辺境に“巨人の女戦士”が出没するって。こりゃ本当だったんだな」

 「そんなん……誰が信じると思う?」

 マリナは苦笑まじりに返す。フェイは静かに目を伏せていた。


 俺は、立ち上がろうとするが、足に力が入らなかった。

 「明日になったら、改めて村の人を捜してみよう……今は動けん。けど……あの人……何者なんだろうな、本当に」

 脳裏に焼き付いた“巨人”が、夜の暗闇の向こうに消えていくイメージを反芻する。


 ゴブリンよりも、遥かに得体の知れない存在。

 けれど不思議と、俺たちには“敵”だとは思えなかった。むしろ、その大きさに救われたのだ、と心が強く実感している。


 こうして、俺たちD級4人は、謎の巨女に救われた。

 次に会うとき、俺たちはちゃんと礼を言いたい。

 あの巨大な目を、今度はまっすぐ見上げて――“ありがとう”と伝えたい。


 そう思いながら、俺は夜の空にかすかな星を探した。


 炎はだんだんと落ち着き、闇が深くなるにつれて、俺たちは小さな、けれど確かな希望を胸に眠りに落ちていった。

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