11 依頼報告
ギルドホールの入り口が、ぎしり、と小さく軋んだ。
ギルドの扉が軋む。たったそれだけで、空気がぴんと張りつめた。
誰も見なくてもわかる――今日も、彼女が現れたのだ。
身長は7メートル。
その一歩で、床板がわずかに沈み、空間の「重心」が揺れる。
ミディアムショートの金髪が、肩先でふわりと揺れる。
その動きすらも、ギルドの空気をわずかに震わせるようだった。
とはいえ、彼女はもう騒がれることに慣れていた。
むしろ、自分が騒がれているのではなく、“周囲が勝手に静かになっている”と認識している。
その静けさの中、彼女はいつもの場所――ホール奥の石壁のそばに、ゆっくりと腰を下ろした。
床は少し沈む。けれど、彼女は何も言わない。しゃがんだまま、じっとカイの背中を見つめる。
報告は、カイの役目だ。
受付では、カイが依頼完了の報告書を提出していた。
「Fランク相当の集落、討伐完了です。確認をお願いします」
受付嬢は、ふとカイの後ろを見た。
リアーネが、微動だにせずにこちらを見ている。大きくて、静かで、どこか哀しげで――それでも、誰よりも落ち着いた“空気”を纏っていた。
「……確かに。現地確認の報告も届いています。成果、申し分ありません」
嬢は軽く目を伏せてから、笑顔を作った。
「おめでとうございます。これより、Fランクとして正式に登録いたします」
カイは一瞬呆気にとられたが、すぐに顔を綻ばせた。
「やった……! これで俺たちも、一歩前進だな」
少し遅れて、リアーネがそっと立ち上がった。
音を立てぬように、そっと。けれどそれでも、床は**ミシ…**と鳴る。
彼女が受付まで来ると、カウンターの奥にいた受付嬢の姿が、まるで見上げる月のように小さくなった。
リアーネは、膝をつく代わりに、腰をやや落とした姿勢で目線を下げた。
「あなたのおかげで、カイはとても助けられているわ。……ありがとう」
受付嬢レナは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに、胸元で手を組んで頭を下げた。
「そ、そんな……! わたしは、ただの受付ですし……」
「“ただの受付”って、誰でもできるわけじゃないのよ。あなたは……ちゃんとした人よ」
その言葉に、レナの頬が少しだけ赤く染まった。
報酬の封筒が手渡される。リアーネはそれを見て、首を横に振った。
「今回は辞退するわ。あなたたちに迷惑をかけたもの」
レナは言葉に詰まりながらも、そっと封筒を引っ込めた。
「……もし、また何かあれば……言ってください。わたし、力にはなれないけど……相談くらいなら」
その言葉に、リアーネはふっと口元を和らげた。
カイとリアーネがギルドを出たあと、外の石段で一息ついた。
「レナさん、前よりだいぶ慣れてたね」
「ええ。少しずつ、距離が縮まってきた気がするわ」
リアーネは、ギルドの空を見上げながら、静かに言った。
「……きっとね。人を助けるって、そういうことなのかもしれない」
カイが彼女を見上げる。
「それって……例の“成長”の話?」
「そう。……あれには、いくつかの“きっかけ”がある。でも、ひとつだけ確かなのは――」
リアーネは、カイの方に視線を落とした。
「私は……誰かのために力を使って、それでよかったって思えたときだけ、変われるの」
「それが、私の“成長のきっかけ”。今は、そう思ってるわ」
その声には、確信と、どこか寂しげな誇りが滲んでいた。
その日、リアーネは成長しなかった。
けれど確かに、人と人との距離は、少しだけ――縮まったのだった。




