10 二人で進む、もう一歩
ギルドから出て少し離れた、石畳の静かな広場。
朝の光が差し込む中、リアーネは屈まずとも頭が届いてしまうほどの街灯のそばに立っていた。
カイは、石段に腰を下ろして、彼女を見上げていた。
「あの空気の中で、堂々と立ってたの、すごかったな」
リアーネは、軽く息を吐くと、首を傾けた。
「堂々というか……必要な“立ち方”をしただけ」
その声は静かだったが、揺るがない芯を感じさせた。誰よりも広く高く見えていた者の視点だった。
「ただ、書類は吹き飛んでたし――怖がらせてしまったわね…」
リアーネは、ちらりとギルドの建物を振り返った。
扉は歪んで軋み、壁の一部はうっすらとヒビが走っていた。
リアーネは大きな手を伸ばし、カイの頭にぽんと置いた。
それは、まるで空から大きな葉が降ってきたような、やさしい重みだった。
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二人は歩き出した。次なる依頼――Fランク級のゴブリン集落への道を進む。
リアーネは、かなり手加減をしてゆっくり歩いていた。草むらを踏まず、枝を避け、鳥の巣さえも壊さないように、細やかな配慮を重ねる。それでもカイは、彼女と共に行くにはには小走りを余儀なくされるのだ。
そしてふと、彼女は言った。
「……私、かなり強くなったわ」
「は?」
カイは振り返った。リアーネは、真面目な顔でうなずいた。
「身長だけじゃない。物理的に言えば、7メートルの私は、6メートルだった頃の私よりおよそ1.5倍の質量を持ってる。筋力も反応速度も、それに応じて向上してるわ」
「それ……つまり、あの時以上に、本気出したら……」
「たぶん、小さな山くらいは削れると思う」
あまりにさらりと言うので、カイは吹き出してしまった。
「それ、あんまり言わない方がいいやつだよ!」
「わかってる。でも、あなたの前では言っておきたいの」
リアーネの目は、優しさと、ほんの少しの孤独を湛えていた。
「まだSランクの人には会っていないけど――
さっきギルド内にいた人たちなら、全員かかってきても……たぶん、楽勝ね」
「またそういうことサラッと言うよな、ほんと」
カイは肩をすくめたが、口元は笑っていた。
「……まあ、おかげで俺は思いきり動けるけど」
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Fランク相当のゴブリン集落は、川沿いの崖下にあった。
斥候情報では、10体以上の個体と、大型のリーダー種がいるという。
カイは深呼吸をして、剣を構えた。
リアーネは崖の上、身を屈めて見下ろす位置にいた。
「あなたが動く間は、私は動かないわ。……けれど、見ている」
それだけ言って、彼女は岩陰にしゃがみ込んだ。巨大な影が、崖の縁からゆっくりと退いていく。
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戦いは、想像以上に激しかった。
カイは序盤、鋭く攻めた。リアーネの爪から作られた剣は、相手の武器を難なく弾き、肉を裂いた。
ゴブリンの群れが怒号とともに押し寄せる。カイは岩を背にして防ぎ、1体、また1体と倒していく。
だが、リーダー格のゴブリンは違った。
人間の背丈を越すその個体は、鉄の棍棒を振り回し、動きも素早い。
「っ、こいつ……!」
重い一撃がカイの脇腹を掠め、彼は地面に転がった。
その瞬間、上空から気配が走る。
風が、枝葉を撫でた。
ズゥン……
足音ひとつで、森がたわむ。
リアーネが、崖から飛び降りたのだ。
「やめなさい」
その声は低く、だがはっきりと森に響いた。
次の瞬間、彼女の右足が、地面に触れる。
バシュゥッ!
空気が爆ぜ、衝撃波が地を這った。草がなぎ倒され、ゴブリンたちは吹き飛ぶ。
リーダー格の個体が慌てて後退しようとしたが――遅い。
リアーネの手が伸びる。
その指先が軽く肩に触れた瞬間、ゴブリンの身体は地面にめり込んだ。
「あっ……」
カイが呟く。
ただの“指先”。それだけで、相手の戦意が消し飛んでいた。
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戦いのあと、カイはリアーネの手を借りて立ち上がった。
「……ありがとう。ギリギリだった」
「あなたはよくやったわ。あの数を、一人で抑え込んだのよ」
リアーネは微笑むと、カイの肩にそっと手を置いた。
その手のひらは、彼の肩幅よりもずっと広かった。
「次は、もっと早く動かずに済むようにして。あなたがやれる限り、私は“動かずに済ませたい”の」
それが、リアーネなりの“信頼”の証だった。
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そして、二人はまた歩き出す。
リアーネの影は長く、カイはその隣を、少しだけ胸を張って歩いていた。
どこまでも続く道の中で――
その背と、その刃は、確かに育ち続けている。




