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ぼくたちの黙示録  作者: 野蒜
崩壊
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第8話 また歩き出す

騒がしい人の往来、道端で物乞いをする老人や子供たちは、心無い人々によって暴行され、血溜まりの中うずくまる。


幾重にも狭い土地で作られた建物は、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど朽ちかけな有り合わせの材質で作られ、至る所から腐った木や錆びた鉄の臭いと、その水の滴りで汚れきっていた。


そんな中、1人の無精髭を顎に蓄えた男が、腰にバールを携え、分厚い革の茶色のジャケットに、色あせたジーンズを履いて、今は誰も来ない岩の慰霊碑の前で、タバコをふかしていた。


「もう9年だ、美優」


タバコを地面に投げ捨て、踏みしめると、煙を吐き出し、頭を搔く。


するとその後ろ姿に一人の女性が声をかける。

スラッとした出で立ちで、その姿は同じように、背中にナイフのマークが描かれた革のジャケットを着て、ジーンズを履き、黒髪を後ろで結び、頬はソバカスがあった。


「かっちゃん、ここ、禁煙ですよ」


「唯……線香なんてなかったからな、その代わりだよ」


勝治は、短く切られた髪の毛を汗を飛ばすように撫でると、慰霊碑に小さく、もう潰れて消えてしまいそうな美優という文字に軽く触れ、踵を返して美優を見る。


「ちょいと、仕事済ませてくる」


そして勝治は唯の隣を通り、そのまま町へと歩き出した。


しばらく歩くと、この自衛官駐屯地へと逃げてきた時の、あの橋にさしかかる、いまやゾンビ達を少しづつ、避難民や元自衛官達の犠牲を払い、バリケードや壁は増築され、橋の町側にほんの少しではあるが、駐屯地を広げることに成功した。


しかしこれ以上広げるには人員も設備も材料も、何もかも足りない上に、時がたってゾンビ達は、数は増えていき、より強固に、より凶暴性を増し、更なる陣地の獲得に対する大きな障壁になっていた。


勝治はかつて、竜也が美優を抱き、泣き崩れていたその場所で立ち止まり、少しうつむくとまた歩き出す。


橋を渡りきり、居住区にたどり着くと、すぐ手前の路地裏に身を隠すように立つ身なりの汚い1人の銃を持った男が勝治に気づき手招きすると、それに勝治はすぐに歩いて寄る。


「用意したぞ」


勝治はポケットから、パケに入った白い錠剤5錠を手渡す、それを見た男は1粒取り出し、口で少し齧った物を歯茎に塗りたくり、頷く。


「そろそろ取引先を教えてくれてもいいんじゃないか?」


「それは俺のを確保してくれたらだ、用意は?」


勝治が聞いたその時、突然居住区の中央街で、拡声器で増幅された老人の男の声が鳴り響く、男と勝治はそれを路地裏から覗くように見ると、絞首台に女と男の子が立たされ、今まさに処刑が行われる所だった。


「この2人を!占拠区画から外へと脱走の罪で、今この現時刻を持って!!処刑する!!」


男の子は不安そうに女、おそらく母親を震えながら見つめ、母親は必死に助けを求めるが、野次馬たちはそれを好機と蔑視が入り交じった目で傍観し、時には石を投げる始末だった。


それを勝治は心底人間という物を軽蔑した目で睨み、ため息をつくと、それを見た男はただ呟くように勝治に語りかける。


「お前もあぁなるぞ、外に出たら俺も庇ってはやれない」


勝治はその言葉を無視して、路地裏の奥へと歩き出す。


「なぁ友達に会いたいのは分かるが、ここだって普通にしてれば天国だ、飯もあるし水もある、なんなら病院だって」


その時、絞首台の足場は落とされ、人間が吊られる鈍い音と縄と木が軋む音が鳴り響き、勝治は振り返る。


「言いたいことはそれだけか?」


勝治の影がさした静かな怒りの表情を見た男は、唾を飲み、落ち着くように手でなだめるようなジェスチャーをする。


「大丈夫だ、車は用意した、水と食料も、1週間分はある」


「そうか、恩に着る」


しかしここで男はそんな勝治の言葉を遮るように続ける。


「だけど、その問題があるんだ……バッテリーを取られた」


その言葉に勝治は薄汚れたTシャツの胸元を掴んで捻りあげると壁に押さえつける。


「おっ、おぉ落ち着けよ、相手は分かってる頼むよ……例の運び屋達だ、確か知り合いだったろ?高岸運送(たかぎしうんそう)だよ」


その名前を聞いて勝治はさらに男を抑える力を強めた。


「お前の借金のために、バッテリーだけ売ったんじゃないだろうな」


「違う違う!!誓って本当だ嘘じゃねぇって!!」


勝治は力を弛めて男を解放すると、大きなため息をついて、その高岸運送のボスである、高岸義昭(たかぎしよしあき)の居る、工業区域へと歩き出した。


「あんたらも腕のいい運び屋だ、幸運を祈ってる、車はいつでも出せるから、また来いよ!」


勝治はそれに返事すらせず、歩みを早め、まず最初に唯に会うため、また道すがら慰霊碑の方へと向かった。


しばらく歩き、慰霊碑の前で立つ唯を見た勝治は、すぐに声をかけた。


「ちょっといいか」


見るからに苛ついている様子の勝治を見た唯は、ため息をつく。


「なんですか?用意出来たんじゃ?」


「バッテリーを取られたらしい、高岸に」


唯はその名前を聞いてまたため息をついた。


「やっぱり無謀な事は辞めろって事ですよ」


唯のそんな態度に勝治は踵を返して、一人高岸の元へ歩き出そうとするが、唯もまたその後ろをついて歩き出す。


「なんだ?」


「1人にさせると思ってます?」


そんなふたりは、浮浪者と人格者が占拠した腐った街を歩きつづけた。


この先に、たくさんの犠牲があるとは、思いもせずに。

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