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ぼくたちの黙示録  作者: 野蒜
崩壊
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第7話 絶望の始まり

勝治たちは車を駆って、自衛隊駐屯地へとひた走っていた。


道中には事故車両の瓦礫が散乱し、かつて人間だった肉塊や血溜まりが滑りやすい路面を作っていた。


助けを求める生存者に何度も出くわしたが、すべてを受け入れる余裕はなく、勝治は心を鬼にして彼らを無視して車を走らせ続けた。


ゾンビたちにも遭遇するが、追いかけてきては一定の距離を取ると他の生存者へと向かっていく。その様子から、彼らにはまだ狩猟本能が残っていることがわかる。


途中皆が住む家の前を通るように走ってみるが、扉はやぶられ、塀は血に汚れ、窓ガラスとカーテンレールには肉がぶら下がっていた。


 生存者の悲鳴や罵詈雑言、ゾンビ達の意味のない言葉や、街や家の惨状に、勝治は勿論、竜也、美優、唯は疲弊しきり、涙を流し、時には嘔吐する。


所狭しと力の受け持っていた野球の備品が置かれた荷室に座り込む竜也、美優、唯の3人は窓の外に見える地獄絵図に、ただ絶望し、勝治もまた運転席で、冷房がついているとは思えないほどの脂汗を垂れ流し、眉間に皺を寄せ、歯を食いしばっていた。


 気分を変えようと流したラジオからは、避難勧告と今日本中で起きている事態のニュースが流れていた。


最初のうちはMCがそれを、音声越しにも焦りや恐怖が伝わるほど震えた声色で逐一放送していたが、いきなり音声にノイズが走ったり、悲鳴や泣き叫ぶ声が聞こえたかと思うと、避難勧告の機械音声の放送へと切り替わっていく。


 ラジオすらも絶望するのに充分な材料へと成り果てていく中、勝治が思った通り、やはり自衛隊駐屯地や警察署に避難するように示されていた、しかし駐屯地にいくにも回り道を選ばざる得ないほどの各地域の惨状に、当初予定していたよりも時間がかかる。


  「なぁ、本当に助けてくれると思うか?」


竜也が誰に問うでもなく、独り言のように呟いた。


勝治と美優は返事をせず、ただ曇った表情で押し黙ったが、唯は無理に元気を絞り出して答えた。


「大丈夫ですよ!きっと、家族もみんな待ってます!」


唯は必死に笑顔を作って言ったが、その頬を涙が伝い、心の奥底では家族がもういないことを察していた。


「唯さん」


美優も同じように笑顔を作ると、竜也の背中をさする。


「いつもの元気はどこにいったのやら」


竜也は唯の目を見る、その目には涙が溜まり、今にもこぼれ落ちそうだった、それを見た竜也自身もまた、涙を流し、息をふるわせた。


「勝治さん」


唯が後部の荷室から、助手席のシートにもたれるようにして声をかけると、勝治は苦笑した。


「かっちゃんでいいよ……もうすぐつくぞ」


自衛隊駐屯地に近付くほど、ゾンビの死体は増えていき、そこら中にきらめく薬莢が転がっていることに気付いた勝治は、少し安堵した。


駐屯地の門までは川があり、それを跨ぐように橋が掛けられ、いつ作ったのか分からない金網に有刺鉄線が巻かれた門がふたつ、橋の両端に設置され、何人かの自衛官が銃を構えて待ち構えていた。


第1関門は開かれ、8台ほどの車が列を作り、何やら防護服を着た人間が一組ずつ、細長い綿棒を鼻にいれ、検査を行っているようだった。


「あれって、結構時間かかるんじゃ」


美優はしきりに車後方を警戒しながらそう呟く。


勝治たちは1番後列だが、3人ほどの自衛官がその後ろを警戒し、時折現われるゾンビ達を撃ち殺している。


「待つしかないだろ」


勝治はハンドルを右手の人差し指で叩きながら眉間に皺を寄せる。


その時だった。車が激しく地面に轍を刻む不快な音と、微かな地震のような揺れが四人を包んだ。


「パトカーです!それと……あれは?」


見張り台の自衛官が双眼鏡を覗きながら叫んだ。白煙を巻き上げるパトカーの後方には、恐怖と絶望をもたらす光景が広がっていた。


無数のゾンビたちが、自らの体が崩壊するほどの勢いでパトカーを追いかけていた。その姿に自衛官は息を飲み、叫んだ。


「閉じろ……門を閉じろ!!」


「そんな!!まだ生存者がいるかもしれません!!」


見張り台から降りた自衛官はそんなもう1人の自衛官を平手打ちすると更に叫ぶ。


「皆死ぬぞ!!早く閉じるんだ!!」


その剣幕にやられた自衛官は皆橋へと退却し、門を閉じ始めるが、それでもパトカーは真っ直ぐ橋に向かって走り続ける。


「クソクソクソ!!なんで閉じんだよ!!」


返り血に塗れた男性警官はクラクションを鳴らして閉まっていく門へと自身の存在を誇示したが、それでも閉まっていく。


「ふざけんな!!ふざけんな!!」


警官は興奮を落ち着かせるために、深呼吸すると、覚悟を決めて、さらにアクセルを踏み込み、そしてそのまま僅かに隙間の空いた門へと突っ込み、無理やりねじ込んだ車体は、白いバンへと追突した。


唯は突っ込んでくるパトカーを見て、すぐ近くに居た美優に覆い被さるように、庇い、そしてその瞬間車内にいる皆が強い衝撃に襲われ、荷室に乗った3人は、備品と共に一瞬宙を舞った。


 弾かれたバンは、さらに前方にある車へと衝撃を連鎖させ、一番前方にいた自衛官1人を跳ね飛ばす、門と車に挟まれた自衛官は力なくボンネットにうなだれ、滝のように血液を鼻と口から垂れ流していた。


「んん……みんな?」


 勝治はすぐに朧げな意識を冷ますと、シートベルトを外し、外へと出る、ミニバンのボンネットは潰れ、パトカーが後方に白煙をあげて止まっているのを見た勝治は、急いで後部荷室の左側の扉を開く。


目の前に広がったのは、無茶苦茶に散乱した備品たち、竜也たちの姿は見えなかった。


勝治は急いでその備品を外へと投げ出していくと、パトカーの中から頭から血を流した警官が覚束無い足取りで勝治元へと歩いていき、声を震わせながら話しかける。


「おい、おいおいおい、頼む、順番を変わってくれ」


警官のそんな身勝手な問いに勝治は睨みで返す。


「今はそれどころじゃないでしょ!!たっちゃん!!美優!!唯!!」


必死な勝治の様子を関係無しに、何度もおなじお願いを警官は呟くが、遂には腰に掛けられたホルスターから銃を抜き、それを勝治に向けた。


「おぉ、俺は警官だ!!早くどけよ!!」


この時初めて勝治はその手を止めて両手を上げ、説得するように、泣きそうな声で語りかける。


「お願いします、友達が中に」


「知るか!!早くそこをどけ!」


そんな中、けたたましく銃声がなり始め、思わず警官も勝治も民間人も萎縮してしまう、どうやら迫り来るゾンビたちを、迎え撃つように銃撃を始めたらしく、そしてそれを合図のように、警官の周りを自衛官が2人、銃を向ける。


「銃を捨てるんだ、今順番に受け入れてる」


「うるせぇ!!俺がどれだけお前らの為に働いてきたと思ってんだ!!早くどかねぇとこのガキ撃ち殺すぞ!!」


その時、第1関門から大声を上げる自衛官。


「この門はもう駄目です!!田村さん指示を!!」


警官に銃を構えたまま、田村自衛官は奥歯をかみ締めた。


「やむを得ないか……今すぐ医務室に皆入れるんだ」


しかしここで異変が起こる、警官の顔に青黒い筋が脈動しながら伸びていくのだ。


「こいつ感染してる!!」


田村が叫ぶと、勝治達と警官、そして自衛官以外の民間人は第2関門を逃げるようにくぐる。


自衛官達5人が警官に銃を構え、すぐにでも発砲出来る準備は出来ていたが、勝治に向けられた銃口のせいで踏み切れない。


「なんだよぉ、なんなんだよ!!早く入れろよこのクソ野郎が!!」


「落ち着け、貴方は感染してる、もしかしたら治療もできるかもしれない、銃を下ろしてくれ、頼む」


警官はその言葉を遮るように勝治のすぐ横、バンの扉に発砲して笑みを浮かべる。


「どうせ撃つんだろ?えぇ?分かってんだよクソ野郎!!」


田村に対し、1人の自衛官が撃つかどうかを問うが、非感染者への発砲許可が出ていないがためにそれは出来ないと首を横に振る。


そんな中、勝治がかき分けた備品の山から、竜也が頭をのぞかせ、力なく地面に落ちると、頭を上げた。


「これって、何が」


「たっちゃん、動いちゃダメだ」


警官は勝治を睨み、勝治もまた警官を睨む、すると警官は何かに気付き、吹き出すように笑う。


「あん時のガキか!!しぶといなぁ」


その言葉に勝治もまた、その警官を見て思い出す、それは確かに、過去に自分を警察署まで連行した警官の1人だった。


「どうせ死ぬってんなら、お前も一緒だ……お前みてぇなロクでもねぇのは、消えた方がマシだろうよ!!」


その警官の言葉で、また勝治の頭の中で何かが切れた、会話の隙、一瞬照準がズレた時に、勝治は姿勢を低くとり、その胴体に体当たりをして、警官は地面に仰向けに倒れ込む。


 その倒れ込む中、1発だけ警官は発砲したが、その弾丸は勝治の頬を掠めただけで、そのまま勝治は馬乗りになり、警官が持っていた拳銃を掴んで取り上げようとする。


 「離せ!離せこのッ!!クソ、ガキがッ!!」


警官と勝治が揉み合いになるなか、急いで自衛官たちがそれを取り囲み、警官に銃を向けようとした時、最後に1発、警官は銃を発砲した。


その弾丸はバンの方へと飛んでいき、鈍い破裂音をたてる。


その瞬間、勝治は自衛官の1人、田村に警官から引き剥がされ、地面に尻もちを着く。


そして警官は、全身のかゆみに悶え、不敵な笑みを浮かべる。


「なんナンダよ!!ナンでオれが!!」


そう叫ぶ最中、田村によって銃弾は放たれ、顔に無数の小さな穴があき、貫通した弾丸とともに、肉や脳や血を撒き散らし、割れたザクロのようになった頭からは、側溝へと繋がるレッドカーペットを残し、小さく痙攣していた。


勝治は急いでバンに残った残り2人、美優と唯を助けようと振り返りながら立ち上がる。


すると外には美優が、竜也の腕に抱かれる形で地面に倒れていた。


それを見てすぐに駆け寄ると、竜也はうろたえ、美優の左首筋を押えていた。

その手は鮮やかな赤色をした血に汚れ、美優の顔は青ざめ、息は浅く早くなっている。


「かっちゃん、どうしよう、血が、血が止まらないんだよ、どうしよう、どうしたらいい!!」


勝治は全身から血の気が引き、時間が無限に引き伸ばされたかのような感覚に襲われ、手の震えから始まり、奥歯がなるほどの震えまで大きくなる。


その状態のまま、叫ぶように自衛官を呼び急いで運び出す準備を始める。


その際に見えた首の傷は小さな穴で、明らかに弾痕であることは素人目でもわかった。


「美優……僕のせいで、そんな……大丈夫、大丈夫だよ、なんて事ないかすり傷だ、なぁ美優」


竜也が手を握るなか、美優はか細く、泡立つ血を吐き出しながら声を出す。


「みんな、怪我ない?」


そんな中自衛官が荷室から唯を担ぎ出す、唯の下腹部には錆びた鉄の破片が突き刺さり、赤黒い血が流れ、呼吸は浅く、意識も失っているようだった。


「唯?そんな、唯まで」


勝治はそれを見て更に絶望に表情を染めあげ、大粒の涙を流し、膝から崩れ落ちる。


「唯さん……私を、庇って」


「話すんじゃないみっちゃん!!」


「ごめんね、大好きだよ、たっちゃん……みんな」


竜也もまた頭から血を流していたが、必死に担架で運ばれる美優の手を握り、ピッケルを杖のようにつきながら、涙混じりに話つづけたが、竜也の手から美優の手は力をなくしてこぼれ落ちる。


「そんな、そんな嘘だ、嘘だ嘘に決まってる、やめてくれよ!!行かないでくれよ!!」


竜也のそんな叫びも虚しく、美優は、静かに、穏やかな表情で永遠の眠りについた。


田村は最後に残った勝治に向けて声を荒らげて早く中に入るように叫んでいたが、勝治の耳には届かなかった。


「みんな守るって……そうするしか、ないって」


勝治は迫り来るゾンビ達を見たあと、睨みつけ、奥歯を噛み締めると、力強く立ち上がり、自衛隊駐屯地、その中へと走り出した。


そしてギリギリのところでしまった門は、鈍い金属音を鳴らして締まった瞬間、ゾンビ達が体当たりをして何度も打撃音や、下の川に落ちる音が鳴り響く、その音は、その日は一日中鳴り響いた。


「僕のせいだ、僕が、あんな、あぁ、あぁぁぁあ!!」


押さえ込んでいたいままでの罪悪感と自分に対する嫌悪感、恐怖や絶望で、尾が切れたように、砂利の上で泣きじゃくる勝治は、その手を砂利で血を滲ませるほど強く握りしめていた。


「あァァァァッ!!ああぁぁぁぁあッ!!」


そんな叫びと鳴き声の入り交じった声を、ただ吐き出すことしか、勝治には出来なかった。




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小説家になろう 勝手にランキング ブクマやポイント評価いつもありがとうございます!!
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