第6話 伝えられなかった思い
「そんな、たっちゃん、どうやって?」
勝治は呆気に取られたように竜也を見上げていると、竜也はそんな勝治に左手を差し出す。
「話は後にしようぜ、ご馳走おあずけされた奴らがそこまで来てる」
その左手を掴んだ勝治は、そのまま立ち上がったその時だった。
校門側から車の走行音が聞こえたかと思うと、フロントを血肉で汚した白いミニバンが、倒れた校門を越えて、校庭へと入ってきたのだ。
「あれって」
竜也は苦笑いをうかべた、それもそのはず、それを運転している人間を、勝治と竜也は知っていたからだ。
すぐに勝治は竜也の手助けをしつつ、屋上へと上がると、垂直式避難袋の箱を開けるのに手こずっていた美優と唯と合流する。
「たっちゃん!!」
美優は竜也の顔を見て直ぐに明るい表情を見せるが、その右脚を見て青ざめた。
「あー、気にすんな」
竜也はお茶目にそう言うが、顔色は青白く、今にも倒れてしまいそうだった。
「でも、生きてて……本当に良かった」
美優は涙ぐみながら竜也に抱きつくと、一瞬竜也は戸惑うが、少し勝治の方を見て、彼がうなずいているのを見ると、今度はしっかりと抱きしめた。
「今そんなことしてる場合ですか!?早くこれを!!」
どうやらその箱は南京錠が掛かっているらしく、唯はそれを蹴るなどしているがびくともしない。
それを見た竜也は右手に弓道部の弓マークの書かれた手拭いを巻くと、力強くピッケルを握り、その南京錠を何度も殴って壊す。
「ナイスたっちゃん!」
勝治は急いで箱を開くと、中身を校庭に向けて投げ出す、箱の中身はたちまち地面に着くと筒状に広がる。
すると白いバンが校庭に止まり、手に刺股を持った男が降りてくる、その人物は力だった。
力は辺りを見渡すと、屋上から避難袋が降りていることに気づき、両手を降って大声をあげる。
「コイツらの気は引いておく!!早く降りてきて乗れ!!」
すると力は刺股でバンのフロントを強く叩いて鳴らすと、大量のゾンビ達から逃げるように校舎内へと入っていった。
「力先生」
美優は呆気に取られていたが、唯が急かすように3人に指示を出す。
「今のうちに早く降りましょう!!」
こうしてる間にも突破されたバリケード側の扉は強く叩かれ騒音を鳴らし、ミシミシと軋むような嫌な音もそれに混じっている。
勝治はまず降下地点にゾンビ達が居ないかを確認し、最初に唯を降ろさせる、次に美優を降ろし、次は竜也という時に、ついに下の扉が破られたのか激しい金属音が鳴り響く。
「あぁクソ!!」
すぐに竜也は降り、地面にまで到達するまで勝治は待っていたが、非常階段、屋上へ入るその金網越しにゾンビのひとりと目が合う。
扉は閉めて、消火器をストッパー代わりに引っ掛けてはいたが、ゾンビが金網に手をかけると、続いてやってきた奴らも血に濡れた笑みを浮かべて金網に手をかける。
「じュンびィたいソう、いッチニィ」
ここでようやく竜也が地面に降りたのを確認した勝治は急いで救助袋に両足を入れて、縄を掴むが、もう一度金網の方を見ると、消火器は外れ、もう目の前までゾンビ達が、あの覚束無い動きからは想像出来ないほど機敏に、そして不気味な動きで迫っていた。
その中の先頭、最も勝治に迫っていた者は、もう爽やかな面立ちは残していなかったものの、橘であることは分かった。
「ねェ!!ィっかいダけ!!いッカいだヶ!!」
勝治は強く目を瞑ると、そのまま避難袋を降りていく。
薄明かりの中白い景色を回転しながら降りていく、勝治が思っていたよりも早い速度で落ちていく。
そして足と臀に衝撃が走ると目の前は一気に明るくなり、一瞬目がくらむが、竜也が勝治の手を掴み即座に立ち上がらせる。
既に何体かのゾンビ達は4人の存在に気づき、喰らおうと全身の関節を鳴らしながら走り出す。
「びィる、ビいルが!!あっいカら!!」
「早く車に!!」
勝治が叫ぶと、既に上がっていた息を整える暇もなく四人は走り出し、襲い掛かるゾンビ達を突き飛ばし、蹴り、ピッケルで首を切り、出来うる抵抗の全てをさらけだして、ひたすら校庭の中央に停められたバンへと走る。
ただでさえ田舎町で広い校庭が更に広く感じるほど疲労や恐怖、暑さにやられた頭は、こんな状況でも絶え間なく鳴き続けるセミ達の声と混じりあい、まるで永遠に走り続けるのではと錯覚させた。
しかしその時、美優が疲れからか脚がもつれてうつ伏せに倒れてしまう。
それに気付いた勝治は竜也からピッケルを借り、唯に竜也に肩を貸して先にバンへ行けと頼み、美優の元に走る、しかし手の届く寸前の所で美優に馬乗りになるように、半袖短パンの体操服を着た、この学校の生徒だった者が飛びかかる。
「ごメェんヌぁさい」
「いやぁ!!かっちゃん!!たっちゃん!!」
涙を流し、助けを求める美優の姿、そしてその上にいるゾンビを見た勝治は、頭の中で何かが切れる音がした。
今は亡き妹の姿と、美優の姿が重なり、何とか保っていた冷静さはこの時に消え失せ、奥歯が軋むほど噛み締めると、勝治はさらに早く走り出す。
そしてその毒牙が美優の首筋に届きそうなその刹那に、勝治はその右手に握られたピッケルをゾンビの左側頭部目掛けて振り下ろし突き刺すと、そのまま横へと投げる。
そして頭に刺さったピッケルを抜くと、強い殺意の赴くままに何度も何度も、何度も何度も何度も突き刺す。
動かなくなった死体に気づくと、すぐに美優の方へ振り向く、その表情を見た美優は、思わず固まった、その憎悪と怒りに満ちた表情を見たのはこれが初めてでは無かったからだ。
勝治は更に2人のゾンビが美優と自身に襲い掛かろうと走ってくるのを見て、ピッケルをさらに強く握り直す。
先に近づいた者の胴体目掛けて力強く雄叫びを上げながら体当たりをして、馬乗りになり、その眉間目掛けてピッケルを深々と突き刺す。
さらにもう1人は座り込んだ勝治に飛びかかり、馬乗りにするが、近づいてきた口をピッケルの柄で防御し、頭を拳の感覚が鈍くなるほど何度も何度も殴り、頭が横に移動し力が少し抜けたのを見逃さず、馬乗りから抜け出した勝治は、膝立ちのゾンビの頭に何度もピッケルを突き刺す。
何度の殴る、刺すを繰り返す度に、古い記憶、13歳の頃の、ある忌々しい出来事を思い出していた。
息を荒らげる父親、床に力なく転がる妹、それを見て愕然とする自分、その父親の顔が、今自身が息の根を止めた奴らの顔と重なり混じり合い、怒りが際限なく溢れ出していた。
「かっちゃん!!もう大丈夫!!行こう!!」
そんな美優の叫びで我に帰った勝治は、美優を先に行かせて走り、ようやくバンへとたどり着く。
四人は更に迫り来るゾンビ達を恐怖と怒りに満ちた表情で睨みつけながらバンの中へと入り、扉を勢いよく閉じ、鍵をかける。
そして直ぐにゾンビ達が車に激突し大きく揺れると、車体を爪がめくれ上がるほど引っ掛き、食えるはずもないのに窓ガラスやドアを齧る。
瞬く間に血で染っていく車体、それを窓ガラス越しに見た四人は息を整え、汗を拭い、互いを見つめ合う。
「早く走らせないと」
「まだ……先生が」
竜也のそんな言葉を聞くことなく、勝治は運転席に座ると、鍵が刺さっているのを確認し、窓の外を見る。
窓は血と肉に汚れ、ゾンビ達がくっつきそれを塗り広げて、まともに外が見えないが、運転席側のゾンビのひとりが突然窓から離れ地面に倒れる。
底から1人、また1人と倒れていく、突然ドアが叩かれ、外から声が聞こえ出す。
「みんな乗れたか!!」
その声は確かに力であった、美優と唯はすぐのドアを開けようとするが、その瞬間、力が叫んだ。
「開けるな!!俺は噛まれた!!」
力は自身の左腕を見る、噛み跡は青黒く脈動し、最初は黒かった筋は黄色く変色し、熱と痒みを帯びて脈動している。
「置いていくなんて出来ない!!なぁかっちゃん!!開けてやってくれよ!!」
既にしめられたチャイルドロックは運転席からしか開けることは出来ない、勝治は竜也のそんな叫びに扉を開けてしまいそうになるが、皆の安全を優先して思いとどまった。
もうすぐ奴らの仲間になるという恐怖と、不思議な安堵感に心が支配されかけている中、そんな自分を力は鼻で笑い、運転席側のドアに行き、簡単な運転方法を簡潔に伝える。
「なぁ、勝治、もう家族を言い訳に使うんじゃないぞ」
そんな力の弱々しい震えた声色に、何故か彼を嫌っていたはずの勝治は、涙ぐみ、下唇を噛む。
「早く行け!!行けぇ!!」
力が最後に力強くそう叫ぶと、勝治はシフトをドライブに入れ、アクセルを勢いよく踏み、車は四人を乗せてそのまま校門を越えて、外へと走り出した。
「お前には、お前の人生がある」
1人残った力は、溜息をつきながら校舎の方へ目線を移す。
校舎から校庭へと飛び出した、もう数える事も不可能なほどの数のゾンビ達を見て、手に持った刺股を捨て、腕を組む。
「就職先……いィとこ探したんだぞオ?勝治ぃ」
その目からは涙がこぼれ、頬を伝っていたが、満面の笑みだった。
「生きろよ!!オまェら!!」