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ぼくたちの黙示録  作者: 野蒜
崩壊
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第5話 疑心

机や椅子、教卓やロッカーが、時間をかける暇がなかったがために乱雑に置かれ、簡易的なバリケードが作られた。


手を擦りむいても、痺れて感覚が鈍くとも、必死に積み上げた、安心して屋上に駆け上がった結果、下からゾンビたちがやってきて今度こそ全滅など笑い話にもならないと勝治は苦笑いを浮かべていた。


教室の扉やシャッターを押さえつけるように廊下側から塞ぎ、非常階段の下に続く側には、侵入ができないように塞ぎつつ、階段状に積みいつでも下へと迎えるようにもしてある。


そうした所で、勝治は唯の他にいたクラスメイトである2人の男女を見る、2人はバリケードを作るのには参加せず、ただ咽び泣く黒髪をうねらせた、背の高い血塗れの女子を、後ろから抱きつくようにして背中を摩り、鼻につくような甘い言葉で励ます、黒いマッシュヘアーの爽やかな男子。


「あっあの、(たちばな)さん、三玖(みく)さん、屋上に行きましょう?」


そう行って唯はうずくまって無反応な三玖に手を差し伸べるが、その手を三玖は叩き払い、睨み付ける。


「さわらないで!!」


勝治はそんな三玖を見て、少し苛立つも、この状況ならば混乱もするだろうと言い聞かせ、非常階段の扉を開ける。


勝治は冷静を保とうと非常階段の踊り場で深呼吸をする、そして扉の窓越しに唯たちを確認すると、そのまま屋上へと駆け上がる。


屋上につき、鉄格子の扉を開くと、すぐに当たりを見渡す、校舎内から屋上に出る扉のある盛りあがった屋根や、天窓、アンテナ塔や避雷針、くまなく目を配るが、屋上には誰も居なかった。


「やぁ!!」


その時、勝治の頭頂部に鈍痛と衝撃が走る、その場に倒れ込み振り返ると、そこには明らかに動揺した様子の美優が立っていた、どうやら非常階段出入口側の壁に隠れていたらしい。


「待て!待て美優!!僕だ!勝治!!」


美優はその言葉を聞くと、ゆっくりと手に握ったテニスラケットをおろし、呆然とした表情でその場にへたり込む。


「ご、ごめんかっちゃん、てっきり」


「いやいいんだ、無事で良かった」


勝治が頭をさすりながら立ち上がると、美優は飛びつくように両肩を握って、顔をめいいっぱい近づけてまくし立てる。


「何が、起こってるの!?上から見てたら、その校門で先生が!!私怖くって、その」


「分かった、分かったから落ち着けって」


勝治は自身が見た事を美優に説明する、無論竜也が怪我をして体育館で待機してもらっていることも。


説明をすればするほど、美優の顔は青ざめていき、今にも倒れてしまいそうなほど足を震わせている。


「そんな、みんな死んで……うぅ」


吐き気を感じたのか美優は金網を掴んで俯く。


「美優、ここはもう駄目だ、今マトモな奴らでここを出なくちゃ」


勝治のそんな言葉に対して、美優は人が変わったかのように睨み付ける。


「出るって?その後どうするの?逃げる?どこに逃げるっていうの!!」


「近くに自衛隊駐屯地があったろ?そこまで行けば保護してくれるはずだ」


美優はまだ興奮が冷めなようで、すぐに言い返す。


「こんな事になってるのに、先生も来ない、警察もこない、自衛隊もこない!!もうみんなやられてるんだよ!!」


「そんなの確認しないと分からないじゃないか!!」


「確認なんかのために外に出たくない!!」


勝治の拳に自然と力がこめられ、それに気づいた時、怒りを美優にではなく、近くにあった白い鉄の箱に向けて殴る。


その音で美優は我に返り、勝治も拳の痛みで我に返る。


「ごめん、私、かっちゃんの気も知らないで」


「いやいいんだ、僕も悪かった、混乱するのも当然だ」


勝治はすぐに自分のした事を後悔した、これじゃあ怖がらせただけだと。


「とにかく、たっちゃんを迎えに行ってそのままここを出るのか、それともまたここに戻るか、どうする?」


美優はうずくまり、うめき声を出しながら考え込んだ時だった。


非常階段から三玖と結の叫び声を聞き、勝治は直ぐに金網の扉をくぐり階段下を見下ろした。



少し前、唯は今だに鈍い金属を叩く音が響く廊下でシャッターとバリケードの方を見ていた。


三玖はいまだ座り込んで泣き続け、橘はなだめるのに飽きたのか、ふと唯の方へと歩いていく。


「ねぇ委員長、怪我とか大丈夫?」


「う、うん、どこもなんとも、橘さんこそなんとも?」


橘は肩を竦めて、軽く笑みを浮かべた。


「なんてことないよ」


すると唯のすぐ隣に立ち、腕を肩に回して顔を近づける、整った顔立ちがすぐそばまで来た唯は照れるよりも先に不信感に顔を歪める。


それに気づいた三玖は顔を上げると唇を噛み締める。


「まっ、僕がいれば大丈夫だよ、安心して」


橘はそう唯に囁くと腰に手を回そうとするが、唯はすぐに距離を取り、非常階段側に立つ。


3人の間に流れた沈黙は強くシャッターを叩く音によってすぐさま破られ、すぐに唯は愛想笑いをした。


「そろそろ上に行きましょう?ここも安全とは限らないもの」


そう言った瞬間、三玖が鬼の形相で立ち上がり唯の胸ぐらを掴み扉に押し付ける。


「アタシの橘君に色目使ったでしょ」


唯は突然の事に理解が追いつかず言葉を失う。


「どさくさに紛れてなんなの?あんた、ウザイんだけど」


そう言って三玖は平手打ちをしようと手を振りあげたが、それを橘は掴み、囁く。


「ごめん、寂しくさせちゃったね」


そうしてまた二人の世界に入ったようだった。


唯はその光景を見て、心底うんざりとしすぐに非常階段への扉をくぐり、踊り場から校門の方へと目線を移す、脱輪した校門が校庭側へと大きくはずれ横たわり、よく見るとその下敷きになったゾンビも居るようだった。


新たに入ってくる者は今のところ見えないが、少なくとも校庭には数えられるだけでも20体以上は不敵な笑みを浮かべてヨタヨタとぎこちない動きで、不協和音のような言葉を意味もなく発していた。


「なんで……こんな事」


唯は眼鏡を外して、細かく付いた血しぶきを指で拭き取り、更に胸元のスカーフを解いて拭き取ると付け直す。


そして俯き、涙がこぼれ、体が今更震え出す。

お父さん、お母さんはどうなったのか、老人ホームにいるおばあちゃんはと、思いつく限りの親しい人々の顔が浮かび、体の力が抜けていく。


しかし唯は拳に力を込めて握りしめると、太ももを強く叩き、歯を食いしばった。


「弱気になっちゃダメ、きっと、きっと大丈夫」


そう声を震わせて呟いた時だった、すぐ隣と扉が開きそこから橘と三玖が非常階段へと出てきたが、唯はふと三玖の左手首に目線がうつった。


普段、三玖はフリルのついたリストバンドを右につけているはずが、その時は左手首に巻いていたのだ。


「あの、三玖さん、今日はそれ」


唯自身いままでそんなことは気にしていなかったが、いつも見るクラスメイトのいつも付けている物は無意識のうちに覚えているもの、しかしこの時は妙に悪い予感が頭をよぎり、唯はそれをなんの悪気もなくつい指摘してしまった。


「あんたに……関係ないでしょ」


三玖は指摘されると左手首をすぐに後ろへと隠すようにするが、橘がその手を握ってすぐにリストバンドを外す。


するとそこには確かに血の滲んだ歯型があり、そこを中心に青黒い筋が脈動していた。


「お前、噛まれたのか?そうなんだな!?」


橘はその焦りと恐怖がわかるほどの汗と青白い鬼の形相をして、三玖の両手を握り、体が反るほど非常階段の壁に押し付ける。


それに対して三玖は必死に橘の脚を蹴るなどの抵抗をする。


「ちょっと!!痛い!!やめっ、やめろよ!!」


そう言って三玖は両手を防がれた状態で出来る足以外の自衛手段を選んだ、それは橘の顔が眼前まで迫った時にそれを仕掛け、橘はすぐに1歩下がる。


この間唯は何もすることは出来なかった、クラスメイトがゾンビに変貌するその姿を見てしまったこと、そして2人の鬼気迫る表情に押され、ただそれを落ち着かない様子で見ていることしか出来なかった。


しかしここで唯は勇気を振り絞り、二人の間に入ろうとした時だった。



怯んだ橘は、すぐさま怒りの表情を浮かべて、三玖を踊り場から地面へ突き押す。


三玖とそれを見てしまった唯は悲痛な悲鳴をあげ、三玖は腰を支店に半回転するように頭から落ちそうになるが、そこに階段を飛ぶように降りてきた勝治がやってくると、三玖の右足首をつかみ、落下を阻止した。


しかし予想外の重みで手が滑ってしまいそうになるが、唯も同じように三玖のもう片方の足首を掴んで引っ張る。


「離せ!ソレは噛まれてる!!」


「なに!?」


橘のその声に、勝治は力を弛めかけるが、唯の鬼気迫る表情を見てまた力を込めた。


「早く!!早くあげてよぉ!!」


唯はなんとか彼女を引き上げようと力を込め、叫ぶ。


「絶対にあぁなるとは限らないでしょ!!」


「襲われる可能性が少しでもあるなら落とした方がマシだ!!早く離せよ!!」


そう言って橘は勝治を蹴り倒すとそれに巻き込まれるように唯もその場に倒れる。


そして急いで立ち上がった唯と勝治だったが、鈍い衝撃音がすぐさま聞こえ、下をのぞき込むと、ザクロのように割れた頭から大量の肉片と血を流し、下半身を震わせ、硬いローファーでコンクリートの地面に小刻みに鳴らしていた。


それを見た唯は胃からこみ上がる物を我慢出来ずにすぐ後ろのバリケードにそれを吐き出す、勝治は変わり果てた三玖を見ると、橘を睨むわけでも怒るわけでもなく、ただ見つめた。


「確かに噛まれてたんだな?」


「うん、間違いないよ」


左の首を押えながら笑う橘の手をすぐに握り払う勝治。


「これはなんだ?」


そこにはわずかではあるが小さな血の滲んだ傷があった。


橘は元から青かった顔色を更に青白くし、震えながら1歩下がると叫ぶ。


「ちっ、違うんだこれはさっき!その、今朝に!」


「その割には新しそうな傷だな」


勝治は唯を見ずに屋上に上がるように指を使って指示すると、ゆっくりと橘から距離をとる。


「なんだよ、なんなんだよその目は!!くそ、化け物見るような目で!!」


橘は勝治が自分を、自分自身が三玖をそうしたように突き落とされないよう、身をかがめて両手を前に出して叫ぶ。


「悪いけどお前を屋上に連れてく訳には行かない、頼むからその扉の中に」


しかしここで異変にきずく、橘の顔、明らかに早い速度で首の傷から左目にかけて青黒い筋が伸びていき、さらに首から伸びて袖元から左手の方へと素早く伸びていくのだ。


「お前それ」


勝治は指をさしてそれを指摘すると、橘はその左腕を震えながら見たあと、恐怖が爆発したのか、泣き叫ぶような声をあげて腕や首の傷口を掻きむしる。


「なんで!!なんで俺がこんな目に!!なんで!!ナんで!?」


勝治は手に持った消火器をいつでも殴れるように構えると、再度なるべく穏やかに震えながら話しかける。


「頼む……その扉から、廊下に行ってくれ」


しかしそれには応じず橘は皮膚が裂け、肉片が爪に食い込むほど掻きむしり続け、泣き叫んでいた。


「なんで…..なんで痛クねぇんだよォ、なんでこんな、こんな痒い、かいぃよ!!」


更に首を掻きむしる橘はふと我に返り、勝治を見ると不敵な笑みを浮かべる。

勝治は無性に嫌な予感がして、首を横に振る。


「馬鹿なこと考えるなよ」


橘は頭皮がずり剥けるほど掻きむしりながら勝治の元へとにじり寄る。


「どうせ……あぁなルなら、そうだな、そうだよな?お前も、お前も!!」


そして勝治に飛びかかり、その衝撃で勝治は消火器を落としてしまう。


マウントポジションを取った橘は、噛み付こうと顔を首元に寄せるが、勝治は橘の両目を親指をねじ込み抑え込む、しかし勢いは止まらず、そのまま噛み付こうと自ら顔を首元に向けて押し付けていく。


「痛くねぇ!!痛くねぇんだ!!ははは、面白ィよ!はは!!お前もこいヨォ!!」


眼窩からこぼれ落ちる大粒の血液が勝治の顔を汚し、ひたすら勝治は顔が歪むほど力を込める。


「かっちゃん!」


唯と美優はテニスラケットを手に階段を降りようとするが、勝治は首を横に振ってさらに力を込める。


「来るな!!僕がどうにかする!!」


その時勝治は思い出す、先程勝治が屋上で殴った鉄製の箱、あれには垂直式避難袋と書かれていた。


「避難袋だ!それで外に逃げろ!早く!!」


そう叫んだ時、状況はさらに悪くなる。

大きな崩れる音がしたかと思うと、閉じられた扉に強い衝撃が走り、ガラス越しに顔を覗かせたのは、あのゾンビたちであった。


「畜生!!畜生畜生!!こんな所で!!くそ!!」


橘はそんな勝治を見て高笑いすると、さらに力込める。


「はャくこっチにこいヨォ!!」


もう寸前のところまで迫った橘の顔に、抑えていた恐怖が爆発し、涙を滲ませた勝治は、小さく呟いた。


「たっちゃん」


もうダメだと思ったその時だった、橘はいきなり力を込めるのを辞めて、鈍い音を立てて勝治の横に、うつ伏せに倒れた。


そして目の前には、肩で息をし、手に登山用のピッケルを杖にして立つ男が逆光の中勝治を見下ろしていた。


「ヒーローの……参上!!ってね?」


それは確かに竜也であった。


そしてあったはずの右脚は、右膝から下が無くなり、太もも辺りに強くベルトが締めて垂れていた。


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小説家になろう 勝手にランキング ブクマやポイント評価いつもありがとうございます!!
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