第4話 覚悟
三階に踏み入る、もう廊下には誰も居なかったが、外に漏れるほど教室は騒がしく、窓から差し込む陽の光は肌を焼くほど暑い。
自分のクラスまで走り出す勝治、ここまで音が漏れているのであれば足音を気にする余裕すらわかなかった。
そうして階段から見て1番手前の自分のクラスの扉を勢いよく開くと、全員に問いかけた。
「美優、見なかったか!?」
クラスの皆は勝治の姿を見て一瞬静まり返る。
「どうした?転んだんか?」
1人の男子生徒がそう言って笑うと周りも笑いだし、すぐにまた各々が話を初め騒がしくなる。
その様子からして皆知らないんだと思った勝治は他のクラスにも聞こうと、クラスの中を通って、隣の教室側、その廊下に出る扉から出ていこうとした時、1人のメガネに黒髪のおさげ、頬にはそばかすのある女子生徒が引き止めた。
「さっき、屋上のほうに非常階段で行ってたよ」
勝治は彼女の両肩に手を置いて強く握る。
「ありがとう唯さん、ちょっと一緒に来てくれ」
勝治はまたクラスメイトたちの方を向いて大声をはりあげた。
「不審者が学校内に入ってきてる!!みんな!!早く逃げるぞ!!」
そんな勝治の声は皆の声でうやむやになり、気づいた者もそれを無視して笑っていた。
その時だった、ふたつある入口の、勝治とは逆、階段側の引き戸が突き破られた。
引き戸のすぐ近くにいた、スカートを異様に短くした女子がそれに巻き込まれ、その場に倒れ込むと、リスのエプロンを巻いた不審者が彼女に覆いかぶさりすぐさま首元に歯を組み込ませ、引きちぎる。
悲鳴を上げる間もなく、脈動に合わせるように首元から吹き出る血潮がエプロンの不審者の顔に辺り、反射した血が教室中に撒き散らされる。
女子生徒はそのままその場で上履きのゴムと腕が床をパタパタ鳴らすよう痙攣すると、そこにさらに首元の傷口に不審者が口を合わせると、そのまま他の生徒を睨みつけた。
1人の女子生徒が沈黙を破るように甲高い悲鳴をあげる、それに続いて他の生徒達も叫び、次々に逃げ出す、あるものはベランダに、あるものは廊下に、その場にうずくまり動けなくなる者もいた。
唯もそのうずくまり動けなくなった1人だったが、我先に逃げ出そうとする生徒の波に飲まれ、教室の外へと弾き出される。
それを何とか勝治は手を握り、立ち上がらせると、先程自分が上がってきた階段からは屋上に行くには危険だと判断して非常階段へと走り出す。
「なに!?なんなの!?何が!!」
この間にも下の階からは不審者たちは駆け上がって来ており、クラスの中からは悲鳴と咀嚼音、血飛沫の音が鳴り響き、ベランダから飛び降りて逃げ出そうとしたものは、そのまま地面に激突して頭が潰れる者もいれば、脚が開放骨折し動けぬまま不審者に貪られる者もいた。
まさに阿鼻叫喚の地獄、そんな光景を見ず、勝治と唯は廊下の突き当たり、非常階段への扉に向けて必死に走っていた。
勝治自身のクラスだけでは無い、他のクラスの生徒も異変に気付き、教室を飛び出し、各々がばらばらに逃げ出していた。
その人の波を掻き分けるように出来るだけ早く走る2人。
他の生徒たちは、血によって転び貪られ、倒れ込んだが最後その人も喰われる。
「あっ!!」
最初の人の波で足をくじいた唯が転ぶと、勝治は直ぐに振り返ってまた手を握る、その時に勝治は見てしまった。
人の波のせいで自分たちが思っていたよりも進めていないこともそうだが、自分のクラスから1人の女子生徒、一番最初に襲われた者が、他の不審者たちのように、ぎこちなく震えながら出てくる。
首の傷口が血によって泡立ち、何かを喋ろうとしているのはわかったが、その顔には青い筋が脈動するように濃淡が変わっていた。
「嘘でしょ……あれじゃまるで」
唯は震えたか細い、吐息にも似た声で、そう呟き、勝治はその先に出る言葉が分かってしまった。
「ゾンビだ」
そうしてゾンビとなった女子生徒は、ちぎれかけた首を揺らしながら、勝治と唯の方を見ると、引きつった笑みを顔に張り付かせ、歯をカチカチと鳴らすと、四つん這いになって走り出す。
勝治と唯はそれを見て顔面蒼白になり、すぐにまた非常階段へと扉へ走り出したが、目の前で起こったことにさらに血の気が引くこととなる。
非常階段の扉、そして1番近い教室と、2番目の教室の間にある廊下シャッターが下がり始めたのだ、それを見た勝治は、唯の手を握り走るが、無常にもシャッターは締まり続け、このままでは間に合わないと勝治は焦り、恐怖はピークに達し、時間の流れが遅く感じるほど感覚が研ぎ澄まさらていた。
そんな中、ゾンビとの距離を確認するため少し後ろを見た時、クラスメイト達の死体や、今まさに生きたまま奴らの餌へと成り果てる者たちが目に入る。
恐怖や絶望、苦痛や怒りに満ちたその死に顔や抵抗する顔を見た勝治は、一瞬頭の中が真っ白になり、そして、彼の中で何か糸のようなものが切れたような感覚がした。
疲れや痺れは吹き飛び、こうなってはもうなりふり構って居られなかった。
罪悪感や、後悔を感じるよりも前に、恐怖と焦りがそれを上回ったのだ、そしてそれは行動に移される。
先程までは人の波を掻き分け、避けるように2人は動いていたが、勝治はほかのクラスメイトを突き倒し、すがってきた者は振り払い、助けを求める声には見向きもせず走り出し、気付けば勝治と唯のふたりはほかのクラスメイトを後ろに、先頭を走っていた。
そしてシャッターが締め切られる寸前で、2人は滑り込むようにして隙間を抜けて、たえだえな息を整えながら振り返る。
そこにはシャッターの下の隙間に大量の指や手が挟まっており、騒がしくシャッターを揺さぶる音と助けを求める叫びが鳴り響いていた。
「開けてぇ!!開けてよぉ!!ねぇ!!」
それを見た勝治は今になって罪悪感に襲われ、自分のしてしまった重大さに歯を小刻みに鳴らすほど震え、その場に尻もちをつき、唯も同じように内股でへたり込む。
「ふざけんな!!早く開けろ!!おい!!開けろって!!」
怒号や罵詈雑言が勝治と唯を含めた少数の生徒達に向けて投げかけられていた時、突然言葉にすらならないほどの悲鳴へと変わった。
そしてゾンビたちの感情のない平らで歪な声と共に咀嚼音やなにか布や肉を引きちぎるような音と共に、僅かなシャッターの隙間、勝治たちの足元に向かって、赤黒い血液と細かな肉片や黄色い脂肪等が、堰を開けた川のように流れていく。
すぐに悲鳴は小さくなっていき、気づけば咀嚼音と呻き声だけが聞こえるのみになっていた。
「そんな、そんな」
唯はそのまま頭を抱え、血に汚れ事など考えず、血溜まりの中で涙を流して、お経のようにそんな言葉を呟いていた。
そんな彼女を他所に、勝治は立ち上がると、教室内にゆっくりと入り、カーテンを全て締切り施錠すると、椅子や机を廊下へと出し始める。
「早く塞ごう、次いつ来るか分からない」
なんとか美優と体育館で待機している竜也と合流し生き残る、今この場にいるクラスメイト、唯とその他勝治を抜いた2名を、利用することとなってもと、どす黒い覚悟を決めた勝治は、シャッターのその先を睨みつけ、歯を食いしばった。