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ぼくたちの黙示録  作者: 野蒜
崩壊
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第2話 逆光の恐怖

美優と竜也はお互いに向き合い、長い無言の時間が流れていた。

なにかしてしまったのかと竜也は冷や汗をかいて目を泳がし、美優もまた言おうと決めていた言葉が喉につかえて赤面し、目を泳がしている。


そんな空気を破ろうと最初に口を開いたのは竜也の方だった。


「あー、どうした?」


ぎこちない笑顔をうかべて何とか冷静であるように見せるが思考はフル回転していた。


「その、あの、その」


なんとも歯切れの悪い言葉しか吐けない美優は目を瞑ると、いきなり自身の頬を思いっきり叩き、体の前に組まれた竜也の両手を握り叫んだ。


「すっっすっきゃ!」


思いっきり言葉を噛んだ恥ずかしさから顔を赤くし押し黙る美優を他所に、竜也はその言葉を聞いてフル回転していた思考が止まり、時間はおろか心臓まで止まったような感覚におちいる。


その一瞬の沈黙は、美優にフラれたと勘違いさせるには充分の要因だった。


「ごっ、ごめん、嫌……だよね、本当に、本当にごめん、違うの」


遅れて思考と時間を取り戻した竜也は、大粒の涙を流して、それを必死に悟られまいと手で何度も拭う美優の手を、竜也もこの時なぜそうしたのか分からなかったが、無意識に振りほどいてしまった。


すると美優は、踵を返して学校本館へと走り出してしまい、それを追う事が出来ないまま、竜也はその場で呆然としてしまった。


「手を振りほどいたのは、違うんだ、そんなつもりじゃ...」 自分でも理解できない感情が込み上げてきて、追いかけるべきだと頭では分かっているのに、体が動かない。


「なんで?なんで俺……あぁもう!」


体育館のステージ、その裏の鉄扉を拳で殴ろうとした時、その拳が扉に当たるより前に、体育館内部から扉に向けて、何かがぶつかった様な鈍い、大きな音が響く。


それに驚いた竜也は後退りをして、軽く扉を小突く、特に反応は無いが、誰もいないはずの体育館からの異音で少し恐怖心を抱き、ゆっくりと扉に耳をつける。


すると微かにではあるが誰かの喋り声が聞こえ、再び内部から鈍い衝撃音が聞こえた時、意を決して扉を開くと、そこにはスーツを着た大人に馬乗りされ、その口を首元へと運ぶのを猿轡の様に、モップの柄で必死に押し返す勝治の姿があった。



数分前、勝治は体育館に入り、ゆっくりとなるべく音が立たないように歩き、体育館裏に出る鉄扉がある、ステージ裏へと入っていった。


途中美優が自身を叩いた音がしたが、それがなんの音かは勝治には分からず、ステージ裏の掃除用具ロッカーに背を持たれて座り込むことしか出来ずにいた。


周りを見渡す、カビ臭くて湿気た空気に、バスケットボールやバレーボールがこれでもかと詰め込まれた籠や、採点板、演劇部の小道具まで所狭しと置かれたこの部屋は、今の勝治が感じている孤独感と相まって、更に狭く暗く感じた。


微かに聞こえていたはずの2人の声は、ステージに掛けられた卒業を祝う大きな垂れ幕が、風にはためく音と、セミの鳴き声にかき消され、なにか落ち着かない勝治は立ち上がると、掃除用具ロッカーのすぐ横にあるステージに上がる階段に腰かける。


そして深い溜息をつき、意味もなく腰を反らせて上を見た時だった、逆光でよく分からないが、何か人が勝治を覗き込んでいた。


驚いた勝治はすぐに立ち上がり、裏口の扉に体をぶつけるほど素早く移動した。逆光の中で不審者の顔が見えないが、その無表情で硬直した姿勢が、何か異様で不気味だった。

まるで生きた人間ではないかのように。


「なっ、せっ、先生?じゃ、ない?ですよ、ね?」


勝治の記憶の中にはこのような先生は居ないと確信を持っていたが、今は恐怖が自分を支配してしまわぬ様に、肺の中の空気を絞り出したかのような、震えた細い声を出した。


不審者はそんな少年の言葉など聞いてすらないのかその体勢のまま未だ微動だにしていなかった。


勝治はもし本当に不審者だった時のため、無駄だとは思っているが自衛のためにと、掃除用具ロッカーをゆっくりと開いて、1番リーチのあるモップを手に取ると、その先を不審者へと向けた、その時だった。


突然、不審者の体がぎこちなく動き始めた。関節が乾いた破裂音を立てながら、ゆっくりと顔だけを勝治に向ける。


逆光でも分かるほど白い歯が、不気味な笑顔を形作り、全身が異様な角度に曲がり震え始めた。その動きは、辛うじて人間の形を保つように見えたが、どこか異様で不自然だった。


「こチィラァ、大へェンお買ィモとメヤすくゥ」


その不協和音のような声で、押さえ込んでいた恐怖が爆発した勝治は、大声を張り上げながら、最後の勇気を振り絞ってモップを不審者目掛けて突く。


手応えはあった、確実に鳩尾を捉えたはずだった、しかし不審者は仰け反るどころ痛がる素振りすら見せない。


それどころかまだ見えていなかった歯まで見えるほど口角を吊り上げて、両手で顔を掻きむしり、床には髪の毛や肉片が飛び散り、勝治の心を凍らせるには充分なほどの、時折乾いた音も混ざった瑞々しい音がなり続ける。


「ゥらないとぉ、売ラなぃトお!!」


先程の鈍い動きからは想像できないほどに頭を掻きむしりながら上半身を左右に激しく振るように走り、不審者は勝治に飛びかかる。


 勝治もそれを避けようと頭では思っていても、体が言うことを聞かずにそのまま不審者が馬乗りになり、白い歯が並ぶ口をブチブチと口角を裂きながら開き、勢いよく勝治の顔を目掛けて顔を近づける。


寸前のところで勝治はモップの柄を両手で握り、口に当てがい押し付けるようにそれを阻止したが、柄に当たり折れた歯や、唾液、生臭い血を垂れ流しながら、それでも尚勝治の顔を食いちぎろうと、うめき声を上げながら顔を押し付け続ける不審者。


 「くそッ!!くッッそ!!」


次第に柄からはミシミシと軋む音が聞こえ始め、今にも折れてしまいそうな程に湾曲しだす、それに伴い更に勝治に近付く口に異変があった。


逆光でも分かる、何か糸のような物がその口の奥から無数に蠢きながら這い出してくると、勝治の顔を撫で始めたのだ。


これは現実なのかと疑い始め、手のひらと腕が痺れもう限界が近いと悟ったその時、重い鉄の扉の開く音と共に、勝治と不審者を突然日光が明るく照らした。


「ニィャァ二ぃ?こホ?」


この時、ようやく勝治は不審者の顔を見ることが出来た、それは人間であって人間でないとすぐに分かる様相をしていた。


自分で引っ掻いたのか、顔の皮膚や肉は乱雑な切り口で割れ、口角は裂け、筋肉が糸のようにその間をまたぎ、張り付いた笑顔を形作っている。


「ェンふェ?エふェ」


乱れて血まみれになったワイシャツの襟元から頭にかけて、まるで菌糸の様に伸びた青い筋は、脈動するようにその濃淡が変わる。


血走った目には所々青く斑紋状の模様があり、忙しなく激しく震わせていた。


「ォかクァシャあぁ?」


そんなおぞましい様相に言葉を失い、頭の先から血の気がどんどん引いていくのを感じた勝治は、その瞬間に手の力を緩めてしまった。


それを見逃すまいと不審者は突然力を更に込め、勝治はモップを手からこぼしてしまう。


そして不審者の牙が勝治の顔に寸前のところまで迫り、もうダメだと勝治が強く目を瞑った、その時。


不審者は突然の鈍い打撃音と共に横へと倒れ込んだ。

勝治はゆっくりと片目ずつ目を開くと、自分のすぐ横に不審者がうつ伏せで横たわっていることに気づき、自分の背後の気配を察知すると振り返る。


そこには右手に消化器を握った竜也は、顔面蒼白で立ち尽くしていた、消化器は少し凹んでおり、相当な力で殴ったことは想像にかたくなかった。


「やっちゃった?俺……やっちゃったのか?」


竜也は消化器を床に落とすと、震えながらその場に膝をつき、両手で口元を隠すようにしてうつむく。


そんな竜也に勝治は顔の血を拭い、震えながら立ち上がると、すぐに竜也の肩を掴んで顔をのぞき込む。


「大丈夫だ、ありがとう、本当に」


まだ恐怖の波は過ぎ去らず、その渦中にある中での精一杯の言葉で竜也を励ます。


「なんだったんだよ今の、誰なん……だ?」


勝治はなにかに気付いたのか、目を大きく見開いてうつ伏せで頭から血を流した不審者に近づくとズボンのポケットから覗かせた白いハンカチを手に取る。


「どうした?なぁ」


そこには刺繍で修三(しゅうぞう)と縫われていた。


「おじちゃんだ……隣の、おっ、おばっ、ちゃんの」


それを聞いた勝治は、勝治が手から落としたハンカチを拾うと、勝治と同じ様に座り込んだ。


「精神病?てやつなのかな」


竜也のそんな言葉に、勝治は首を横に振る。


「こんなの、おじちゃんじゃない、こんな事」


その瞬間だった、修三だったソレが肘を立てて手のひらを床に勢いよくつき、そのまま顔と体と足を引きずりながら竜也の元に素早く這い寄り、両手で右足を掴む。


竜也と勝治は突然のその動きに遅れて恐怖心を思い起こされ、動きがほんの数秒遅れてしまった。


そしてそのままソレは、竜也の右足首に噛み付くと、そのまま肉を食いちぎろうと顔を激しく揺さぶる。


苦痛に満ちた泣き叫ぶような叫びを、大量の脂汗と血と共に撒き散らす竜也。


すぐ勝治はすぐ側にころがった消化器を手に取ると、怒りと恐怖に満ちた表情でそれを力いっぱい振りかぶると、ソレの頭目掛けて潰すように殴りつける。


一撃でソレは勝治の肉を口に残したまま足から離れると、仰向けになり再び襲いかかろうと勝治に手を伸ばすが、矢継ぎ早に勝治は、何度も、何度も何度も、何度も何度も何度も。


一言も言葉を発することなく、荒い鼻息と痙攣する呼吸、全身を汗と返り血で汚しながら何度も、息をするのも忘れるほど必死に、殴り続けた。


肉がちぎれた苦痛に悶えていた勝治も、その光景を見て、這うように竜也の元に行くと、左足でふらつきながら何とか立ち上がり、後ろから羽交い締めにして、2人して倒れ込む。


「落ち着け!!落ち着け!!大丈夫だ!!大……」


2人はその場に血溜まりを作り微動だにしないソレを見た。

突き出していた腕は床に力なく落ち、打撃によって砕けた指はあらぬ方向に向いている。


顔は最早原型はなく、挽き肉の塊のように見えた。


脚は痙攣していたが、次第に弱々しい動きになり遂には止まってしまった。


竜也と勝治のふたりは、ソレは死んだのだと、確かに感じた。


そして遅れてやってくる激しい鼓動と手の震え、勝治は確かに手に残った痺れに、自分がこの人を殺したんだと嫌というほど感じてしまっていた。


あれ程騒々しかった体育館には再び、垂れ幕のたなびく音と、セミの鳴き声が響き、日常を感じたが、むせ返るほど生臭い血の匂いと痛みにより非日常へと引きずり戻された。


「どうしよう」


そんな勝治の言葉が、二人の間の沈黙を破る、竜也は言葉を探せずにいると、突然、金属を引きずるような不快な大きな音が、体育館の中へと響き渡る。


まさかと思い竜也は勝治を階段に座らせたあと、駆け足で本館に繋がる渡り廊下から校門を見る。


そこには先程の不審者と同じような、ぎこちない動きで震えながら、頭を左右にふる者達、遠目にもわかるほど肌が乱雑に引き裂かれている奴らは、数えられるだけでも20人以上は、微かに開かれた校門から身をねじ込むようにして学校内へと侵入していた。


「まずいぞ」


振り返ると後ろにはモップを杖にして片足で歩く竜也が、脂汗を垂らして辛うじて立っており、同じ光景を目にしたあと、目を泳がしながら口を開いた。


「みっちゃんが、本館の方に!!」


それを聞いた竜也は血の気が全身から引いていくのを感じたが、竜也が言おうとしていることを、勝治は先に口に出した。


「たっちゃんはここで隠れてて!!俺が行ってくる!!」


竜也は首を横に振る、着いてくる気で歩こうとするが痛みで顔を歪ませその場に座り込む。


「なんで……なんでクソ!!」


「たっちゃん!大丈夫だ、直ぐに戻る!!待ってて!」


そう言って勝治は舞台裏に戻ると鉄の扉を閉じて消化器を手にする。


そうして渡り廊下を通ろうとした時、振り返って竜也を見ると、精一杯笑顔をうかべ、左手の親指を立てると、本館へと走り出した。


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小説家になろう 勝手にランキング ブクマやポイント評価いつもありがとうございます!!
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