第1話 卒業、そして
巨大な扇風機の羽の風切り音、それすら気にならないほどの熱気にうんざりする竜也は隣に座る勝治を見る。
一生続くのではないかと思える校長の話を背筋を不自然に伸ばして聞く勝治のその姿を見て、思わず笑いが込み上げてくるが、それを飲み込み小声で話しかける竜也。
「おい、おーい」
「あんだよ、こんな時まで」
竜也、ニヤニヤと笑いながら、女子の列の方を見て美優を見つめる、それに気づいた美優は前を見ろと首を振って頬を赤らめた後に校長の話を聞く姿勢を正した。
「なぁ、告白、どうすんの」
「はぁ?」
竜也はすぐに左肘で勝治の横っ腹を突き笑う。
「お前〜俺気づいてんぞ?お前美優好きなんだろ?」
勝治は分かりやすく動揺する。
「いいか?今日は卒業式、一大イベントだ、今しなきゃ損だぞ?」
「アイツはもう好きな奴いんだよ、分かんねぇのかよ」
そんな勝治の返答に竜也は驚いた表情を見せて、口元をわざとらしく覆う。
「卒業式終わったら、告白するんだってさ」
「マジかよマジかよ」
竜也は指を鳴らして両手で竜也を指さす。
「それってお前じゃね?」
そんな姿に勝治は呆れて溜息をつき、校長へと視線を移す、そんな彼に唇を突き出してつまらなそうに手を振る竜也は、同じように校長の方へとむく。
「それでもよ、後悔がないようにしろよな」
そんな竜也の言葉に、表情を曇らせたあと、それを取り繕うように笑顔をうかべ、勝治はゆっくりと頷いた。
しばらくして、卒業式の式典は終わり、学生たちは各々卒業証書を手に、クラスの中で話し回っていた。
ある者はアルバムに一筆を入れてもらうがために、泣きながら友人と別れを惜しむがために。
そんな中、竜也はふとベランダに目をやる、そこには勝治がすぐ外の森に目を向けて、ただ1人で佇んでいた。
彼にもサインを貰おうと向かうその時、美優の呼ぶ声が聞こえ、教室後ろ側の入口に目をやると、そこには顔を赤くし、肩で息をする美優が立っていた。
「話、あるんだけど」
そこで竜也は、勝治の言っていたことを思い出し、全てを理解した。
すぐに勝治の方を見ると、そこにはもう勝治は居なかった。
騒がしい教室から離れ、ベランダ伝いに非常階段のほうへと着た勝治は、階段に座り込み、卒業証書を見つめる。
「やっと卒業か」
暑い日照りで肌を焼かれ、時折聞こえるパトカーと救急車のサイレンの音が酷く頭の中でこだまする。
深いため息をつき、証書を丸めると筒に収め、非常階段から廊下へと繋がる扉のガラス越しに廊下に目をやる。
そこには勝治が茶髪のソフトモヒカンに、目立つビール腹を強調させるかのようなキツめの白いポロシャツ、個人的に苦手意識を持っていた体育教師が何人かの女子生徒と話しているところが見えた。
熱い男ではあるのだが、お節介焼きで、無配慮に他人のテリトリーにズケズケと土足で上がってくるその様が、なぜだか苦手だった。
その奥の方には、先程までいた教室の入口に仁王立ちしている美優の姿も見えた。
何か話したあと、しばらくして出てきた竜也の姿を見て、すぐにまた勝治は階段に座り込んでしまった。
「はぁ、上手くやれよ美優」
自然と手を握る力が強くなり、目頭が熱くなる不覚にも涙がこぼれ落ちそうになった時、扉が開いた。
勝治は急いで涙を拭い、目線をあげると、そこにはあの体育教師が立っていた。
「ん?あぁ、お前か」
嫌味ったらしい笑顔をうかべた体育教師、長谷川力が勝治のすぐ隣に座る。
「お前、就職するんだってな?」
なぜ知っていると怪訝な表情を見せる勝治、それを見た力は鼻で笑い、勝治の肩を掴む。
「まともに勉強してなかったからなぁ、当たり前だとは思ってたけどよ」
「そっすか」
勝治のそんな言葉の後にまたパトカーと救急車のサイレンが鳴り響き、少しの間二人の間に沈黙が流れた。
素っ気ない勝治の返答に力は舌打ちすると、掴んだ肩を自身に引き寄せ、耳元で囁く。
「なぁ、家族を言い訳にするのはもう辞めた方がいいぞ?」
その時だった、校門辺りで騒音が鳴り響く。
勝治は非常階段の踊り場の塀から校門を覗くと、そこには遠目にはサラリーマンのような人が、何度も何度も、金属製の校門に体をうちつけていた。
「なんだぁ?こんなめでたい時に」
力も同じようにそれを見ると、眉間に皺を寄せて、舌打ちをする。
「後で話があるからな、中で待っとくんだぞ」
そう言って力は非常階段を下って行った。
その後すぐに、勝治は非常階段のドアを開け、廊下に出た。窓からは校門がよく見えた。
そこで2人の教師が不審者の対応に当たっていた。
教師の大変さに少し憐れみを感じながら、自分の教室に戻り、クラスメイトの女子に竜也と美優がどこに行ったのかを尋ねた。
どうやら体育館裏に行ったらしい。
そのベタな告白場所に乾いた笑いをこぼし、後頭部に手を当てた。
最後の在校生見送りの準備が終わるまですることの無い勝治は、2人が気になり、体育館へと向かった、三階は卒業生達で騒がしかったが、1度2階に降りると、自身の足音が不気味なほど反響するほど静まり返っていた。
そして、体育館へと向かう足取りは、近づけば近づくほど重くなっていく。
それでも止まらない足取りは、気づけば体育館へと繋がる渡り廊下へとたどり着いていた、その渡り廊下の窓からは先程よりも良く校門が見えた。
勝治は無意識的に校門のほうへと視線を向けると、そこにはもう誰もいなくなっており、校門はほんの少しだけ空いていた。
そのまま体育館へと向かい、重い鉄の引き戸を開けた時、渡り廊下の少し開いた窓から、濡れ雑巾が落ちたような音を、勝治は微かに聞いたが、特に振り返ることもせずに、そのまま体育館の中へと入っていく。
そんな中校門では、酷く照りつける日光で熱を帯びたアスファルトの地面、その割れ目に、赤黒い液体が伝って流れていた。
その大元を辿ると、そこには短い白い半袖のシャツに、短い黒いタイトスカートをはいた志織が横たわっていた。
首につけていたであろう真珠のネックレスは引きちぎられて辺りに散乱し、ハイヒールはタイツを履いた足からこぼれて落ちている。
そんな教師は、目に精気はなく、首元がえぐれて、頭は胸元を貪り食いちぎる力で振り子のように左右に揺れていた。
その貪る者は、体育館への渡り廊下、その少し開いた窓から聞こえた鉄の扉が開く音に気づくと、低音と高音の混ざりあったような不協和音を口から零しながら、体を過剰な程に翻し、その場に立ち上がると、体を痙攣させながら、体育館へと向かっていった。
「申シィわけアリィまセェン」
そんな言葉を発しながら。