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ぼくたちの黙示録  作者: 野蒜
思い出の結末
14/26

第13話 生きる為に

「生き返るわァ」


大きな五右衛門風呂で萬は一日の疲れを解していた。。


唯が体を洗い、湯で石鹸の泡を落としている時、鍛え上げられた腹筋の下、下腹部にある大きな傷跡に萬は悪気なく問いかけた。


「それ、どうしたの?」


唯は傷跡に手を当て、悲しそうに笑うと、萬の方を見る。


「9年前です、事故で車の鉄板が刺さって……なんとか助かったんですが、もう子供は産めないそうです」


「そう、なんだ」


二人の間に気まずい時間が流れた時、突然萬が入っている風呂に唯が飛び込み、萬に抱きついて笑う。


「でも平気です!萬ちゃんが居ますからね〜」


「ちょ、重いって!やめてよもぅ!」


唯と萬がじゃれ合う声を聞きつつ、勝治と毒島は縁側で、暑い日差しと木々のざわめきに一時の安らぎを感じながら、茹で上がったトウモロコシと麦茶を呑み、空を見上げていた。


「なぁ、凛子の奴、本当に体調を壊しただけなのか?」


突然話を切り出した勝治に、毒島は動揺する。


「聞いてもないのに細かいこと話してくるのがお前だ……なのに凛子については濁してばっかだ」


勝治はコップにつがれた麦茶を一気に飲みほし、ヤカンからまたつぎなおす。


「事故を起こしたやつのことも、やけにあっさりしてた、本当は何かあったんじゃ」


押し黙っていた毒島は、ここでコップを縁側にたたきつけ、血相変えて怒鳴るように吐き捨てる。


「体調が悪いだけだ!!それ以外に言うことは無い!!」


しかしそんな毒島の様子はお構い無しに、勝治は続けた。


「なぁ、俺たちはもう長い付き合いだ、俺たちはお前に隠し事はしないし、お前もそうして貰えると嬉しい、だからよ、後悔しないように、何かあったなら吐き出してくれよ」


そして勝治は毒島の肩を掴み、優しい笑みで呟く。


「友達だろ?」


その言葉に毒島は照れくさそうに笑い、息を整え溜息をつき、少し考えたあと、目を真っ直ぐに見て答えた。


「体調を崩しただけだ、次来る時は会えるさ」


毒島のそんな落ちついた様子に、勝治はもうそれ以上踏み込んだ質問はせず、静かに頷いて、トウモロコシを頬張った。


その時だった、蔵の裏からタオルを腰に巻いた萬が駆けて、前を隠さずに2人の元に走ってやってくる、それをみた毒島と勝治は麦茶とトウモロコシを口から吹き出し、咄嗟の判断で目を覆う。


「ねぇ!!でっかいムカデがいた!!」


「あぁそうか良かったな!早く服着ろ!!」


そんな萬を追ってタオルを胸から巻いた唯飛び出してくると、萬の頭を叩いて叱る。


「全く、高岸さんはどんな教育してたんですか」


「君も大概だよ?早く服着てくれないかな」


毒島のそんな指摘も聞かず、萬と唯はまた蔵の裏へと歩いていった。


しばらくしてようやく目を覆っていた手を2人は外して、思わず笑い合う。


そして息を整えたあと、毒島は空を見上げながら、口を開いた。


「君の方こそ、後悔がないようにね……仲直りしなよ、竜也君と」


その名前を聞いた勝治は、伏し目がちに笑って小さく頷いた。


「さてと、出発は夜だろう?早めに寝とかないとね、客室に布団は用意したよ」


「あぁ、悪いな」


「あぁ後それと」


おもむろに何かを手渡された勝治は、手のひらの上に乗ったものを見た、それは車のキーだった。


「何事にも足は必要だ、あげるよ、僕にはもう必要ない」


満足気な毒島に、勝治は何か言いたげだったが、それを飲み込んで笑顔を見せた後に、礼の言葉を囁き、客室の方へと歩いていった。


1人残された毒島は、縁側に座ったまま、ポケットからタバコを取り出すと、おもむろにライターで火をつけ、肺いっぱいに煙を吸い込んで吐き出した。


「うん、いいもんだね」


すぐ横に置いた毒島と凛子のポラロイド写真、その凛子の頬を撫で、蔵を見つめると、服を着替えた唯が、ノスタルジックに浸る毒島の前で立っていた。


「かっちゃんは?」


「先に寝てるんじゃないかな、萬ちゃんはどうしたの?」


「さぁ、着替えは1人がいいとかで、恥ずかしいみたいです、私もそろそろ寝ますね、ありがとうございます」


丁寧に頭を下げる唯に、逆に申し訳なさが湧いてきた毒島はすぐに頭を上げさせ、少しの談笑の後、唯もまた客室へと歩いていき、すぐに萬が走って毒島の元へと走ってくる。


「ささっ!聞かせてもらうよ!毒島のラブリーストーリー!!」


「ラブリーってそんな、分かったよ、トウモロコシ熱いから気をつけて?」


そして約束通り始まった物語は……9年前、世界が崩壊したその日から始まった。





ゴミに塗れた狭い部屋、窓から差し込むはずの陽の光は分厚い雨戸で閉ざされ、扇風機とエアコンがホコリに絡まりながら冷たい風を吐き出す。


そんな部屋の角に置かれたパソコンとデスクの前にあぐらをかいた、油で固まった赤髪と厚い脂肪を身にまとった男、それこそが毒島だった。


「クソっ!クソっ!クソっ!」


安い悪態をつきながらキーボードを叩き、ゲーム内フレンドとの口論に夢中になり、そんな日々が重なり、気付けば風呂に入らず1週間以上は経っていた。


「おい」


突然ドア越しに、彼の父の低い声が聞こえてくる、無意識に毒島の体は硬直して、ゆっくりとドアの前まで音を立てないようによると、深い溜息の後に父親は話し始めた。


「いつまでこうしてるつもりだ?忠はとっくに学校へ行ったぞ……出来損ないなりにやるべき事はやれ、弟の足手まといになってるのが分からないのか?」


言葉の節々に呆れが混じった声色に、ただ毒島はうつむいて震えることしか出来なかった、どんなに勉強をしても成績がふるわず、生徒会委員長に立候補しても落ち、挙句の果てには趣味の新聞切り抜きや読書をバカにされる。


さらには太った外見から始まったいじめが激化し、そのいじめに弟の(ただし)も加担した所で、卒業式が行われる今日まで不登校になっていた。


インターネットと皆とゲームで戦い、時には口論をして、夢中になること時間、対等に話し、見下し、下を見るこの時間が、非情な現実から逃げ、忘れることが出来る貴重な時間だった。


「職場を探しておいた、1ヶ月以内には出ていってもらう、分かったな?」


その声色と、ゲームから離れたその時から、いじめのあった日常を嫌でも思い出していく。


好きな人を聞かれ答えた相手から、ありとありゆる罵詈雑言を浴びせられ、不良やその先輩からはタバコを押し付けられ、水をかけられ、殴られ、蹴られ、時には教室で裸にされた。


そんなことを、実の弟の忠にも行われ、それを父や先生に打ち明けても助けては貰えなかった。


扉から父が離れ、ただゴミの山のふもとで震えて涙を流す他無かった毒島だったが、今度は優しい声色がドアの向こうから流れてくる。


それは母親だった、ひきこもり始めてから1年、顔も見ていない母親は、ただ優しく声をかけてきた。


「あなた、物作りが好きだったでしょう?そういう学校があるの、行ってみない?お父さんなら私が説得するから」


母は家業をつぎ、そこに婿養子で入ってきたのが父だった、元々営業マンだった、しかし社内闘争で破れた父は、そのまま職を終われ、今はコンビニでアルバイトをし、母の稼ぎと、過去の栄光に縋っていた。


母もあんな男とは縁を切るべきだと毒島は思っており、そして縁を切らない様子を見て、ただただ失望していた。


「うるせぇよ!!なんなんだよクソが!!」


毒島はただ扉を殴り付け、怒鳴るが、涙が止まらなかった、こんな自分を、毒島自身、不甲斐なくて、情けなくて、死にたいのに死ぬ勇気も湧かない、ただ彼は、消えてしまいたかった。


「大丈夫、大丈夫、ご飯、またここに置いておくわね」


そう言って母親は、扉の前に焼き鮭と白飯、漬物に、そして味噌汁をお盆と共に置くと、扉から離れていった。


毒島は扉に耳を当てて、物音がしないことを確認すると、扉をゆっくりとあけ、お盆を取り、すぐに箸を使って貪り始める。


食べている間もいじめや、父、弟や母を思い出して、涙が止まらなかった。


「なんで俺だけ、こんな」


そう呟きながら、大粒の涙を流していた。






少し時間が経ち、13時頃、毒島はゴミにまみれた布団の上でただ眠っていた時、突然家の中が騒がしくなった。


何事かと思ったが、特に気にもとめず、目が覚めてしまったらやることは1つだった、それはパソコンの前に座り、いつも通りオンラインゲームを開くこと。


ロビーに入り、すぐに異変に気づく、いつも慌ただしく動いて回っていたプレイヤー達が微動だにせず停止していた。


何が起こったのかとチャットに「どうした?」と打ち込むと、いつも一緒にプレイしていたプレイヤーのひとりが反応した。


【マジヤバなんだけどwww なんかゾンビみたいのが暴れ回ってるwww】


それを見た毒島は、何かの冗談かと思い鼻で笑うが、そのプレイヤーは突然止まり、通話アプリが突然鳴り響く。


あまりに唐突で毒島は鼻を鳴らして驚くが、通話をつなぐと、相手はその男プレイヤーからで、通話越しにも焦りがわかるほど息を切らしていた。


「マジでやばいマジでやばい!!家入ってきたアイツら!!」


「アイツらって?」


「ゾンビだよ!!見てなかったのかよクソ!!マジどうしよ、どうしたらいい!?おいどうしたらいいよ!!」


矢継ぎ早に怒鳴る相手に、まだ何かの冗談だと信じず、笑って返す。


「いつもペットボトルにおしっこしてたじゃん、それで殴れば?」


「真剣に聞けよ!!本当にマジやばいんだって!!」


その時、女声の叫び声が微かに毒島は聞いた、その声は確かにその男プレイヤーの母親、いつも怒鳴っていつまでゲームしてるのかと言っているあの声だった。


ここでようやく危機感を覚えた毒島は、逃げろと言おうとするが、突然何かを思い切り叩くような音がヘッドホン越しに鳴り響くと、男プレイヤーの悲鳴が聞こえる。


「気づきやがった、マジどうしたらどうしたら!!」


その言葉を最後に通話が切られると、何が起こったのか分からないまま、毒島はただ呆然とすることしか出来なかった。


そんな時だった、突然毒島の扉を凄い勢いで叩く音が鳴り響くと、閉じられていた鍵が無理やり開かれ、父親が入ってくると、毒島と髪を掴んで居間まで引きづる。


何が起こったのか分からない毒島はただ身を任せる他なく、居間でたどり着くと、布団の上で体をのけぞらして苦しむ弟がそこに横たわっていた。


よく見るとスボンが破かれて膝の辺りには黒く脈打つ筋が浮かんだ噛み傷があり、その筋は曲がりくねりながら頭の方へと今も伸びていく。


スーツ姿の父と母も、傷は見当たらないが血に汚れ、脂汗を書いて目は充血し、恐怖と混乱に支配されていた。


「手当しろ!!分かるだろお前なら!!早くしろ!!」


とめどなく流れ続ける血を、膝の傷口を抑えて止めようとする父、苦しむ弟、呆然とする母、その様子を見た毒島は、何故か笑みを零したが、それを見た母はすぐに毒島を連れて台所まで行くと、荒れた息を整えて、静かに毒島に提案をした。


「2人で逃げましょう?」


その提案に唖然として答えるまでに少しの間があった。


「何してる早くしろ!!」


父の怒号、そして何よりも1年ぶりに見る母の姿、服の下や落ちかけた顔化粧から覗かせる青黒い痣に、毒島の過去から募らせた、父や弟に対する怒りが湧き上がり、今にも決壊してしまいそうだった。


「お願い……寛人(ひろと)


涙をこぼす母に、久しぶりに呼ばれた名前、毒島寛人(ぶすじまひろと)、それで抜けていた力を取り返し、台所に置かれた出刃包丁を握ると、父と弟の元へと、母を置いて走った。


ここからの記憶は毒島には薄らとしか残っていない、確かに残った結果だけが居間に、血に汚れた父と弟の死体だけが転がり、横たわるその2人の間に、膝立ちで放心している寛人だけがいた。


恐る恐る母がその居間にふすまを開いて入ると、相当の抵抗を受けたのか寛人の顔には大きなアザがあり、腫れ上がっている姿を見て、転ぶように駆け寄ると、すぐに寛人を抱き寄せ、涙を流した。


「ごめん、ごメんね、私がもっと早く離れていれば……本当にごめんなさい」


優しい母の声、昔から覚えている確かな母の匂い、しかし触れた肌はとても暑く、異常な程に汗ばんで、よく見ると腕には噛み跡があり、黒い筋が脈動して、血が流れていた。


「母さん?」


寛人が自身を母さんと久しぶりに呼んでくれた事に、喜びを噛み締めたあと、母は寛人の形を掴み、目を見合う形になった後、静かに呟いた。


「最後のお願いよ……私を殺して」


その言葉に寛人は狼狽えた、実の母を殺すことなど出来ないと。


「もう、分ヵるの、私はワタしじゃない何かになって行クノが、今この時も、だから、人であるうチニ、寛人の知ってる私の内に、どうか殺してちょウダい」


それは母最後のエゴであり、いつまでも自身を覚えていて欲しいという、最後のワガママであった。


そして母は寛人が握る包丁を、その手を掴んで首まで運び、あてがうと、優しい笑を零し、最後に呟いた。


「愛してるわ、不甲斐ない母を許してちょうだい」


涙に震えた悲しいつぶやきだったが、その目は真っ直ぐと寛人を見ていた。


寛人は涙を堪え、恐れずにその目を見て、そのまま、勢いよく包丁を首に押し付けた。








何日かたち、母は庭に丁重に埋葬し、石を積上げて墓標とし、父と弟の死体は、大量発生したゾンビ達を山道に入る前に夢中になるようにと、縄で括り、木にぶら下げた。


そして自身の部屋にこもり、残された缶詰などを食べて、自分のした事を毎日悔い、罪悪感に震える日々を過ごした。


しかしある日、久しぶりに日を浴びようと縁側に立った時、畑に実った野菜たちを見る、そして、母の最後の強い覚悟を思い出し、寛人は奮起した。


「死んでやるもんか」


山道と家とを分け隔てた、見た目だけの塀を見た寛人は、蔵へと走り、昔お爺さんと日曜大工に明け暮れていた時に使った、チェンソー等の道具たちに手をかける。


「まずは防備だな、後は、ガソリン……水」


生きるための道を見据えて、毒島は行動を始めた。


一日でも長く生きる為に。


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小説家になろう 勝手にランキング ブクマやポイント評価いつもありがとうございます!!
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