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ぼくたちの黙示録  作者: 野蒜
崩壊
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プロローグ

あれは暑い夏だった、いや、冬だったかもしれない。

もはやそんな区別すら付かなくなるほど365日間、身を焦がし続ける暑い日照りは、いつか続いているのか。


「ははっ、さいっこう」


山頂へとたどり着いた坊主頭の男子は、右手に杖代わりに持った登山用ピッケルをベンチにかけると、弓道部の刺繍の入った手ぬぐいで額と首元に浮かんだ汗を拭き取りその景色を目に焼き付けていた。


「はぁ、はぁ、たっちゃんはえぇよ」


「えびかっちゃんが遅いだけだよ」


遅れて到着した黒い短髪の天然パーマ男子、海老原勝治(えびはらかつじ)に対して笑いながら答えた河本竜也(こうもとたつや)


2人は並んで自分たちの通う中学校はどこかと探し、見つけると竜也は指をさしてまた笑った。


「ちっこいなぁ!」


「ははっ、そうだな」


2人はその場に座り込むと、リュックからおにぎりを取りだして頬張り、それを麦茶で流し込んだ。

中にツナマヨの入ったおにぎりの塩味を、水筒の中で氷がカラカラと音を立てている麦茶で流し込む、それだけで2人は幸せを感じていた。


おにぎりを食べ終え、半分ほど麦茶を飲んだ時、勝治がふと呟いた。


「もう、卒業か」


2人は今年で16歳、2人とも別々の学校へと旅立つ時だった。


「長いんだか、早いんだかって感じだな〜」


竜也は最後の一滴まで麦茶を飲み込むと、氷をボリボリと噛み始める。


「お前、東京に行くんだもんな……あれだな」


「寂しいってか?僕も寂しいよぉ」


ふざけて抱きついてタコのような口で唇をつきだす竜也と、それを顔を押し返して阻止する勝治。


竜也はまた笑うと、また視線を遠くに見える小さな中学校に向け、優しく微笑む。


「まっ、そんな寂しがるなよ、電車でなら2時間半もあればいつでも会えるしさ」


そんな竜也の横顔を見て、勝治も同じように視線を景色に移して微笑み、照れた顔を必死に取り繕って頷いた。


暑い暑い、春のことだった、透き通る青い空のその下で、この世の地獄が出来上がるとは、この世界の誰も予想していなかっただろう。




「世界規模の地球温暖化防止策はことごとく意味を成さず」


最近はテレビでこんなニュースや討論会ばかりだ、うんざりしながら中学最後の日を迎えようとしていたその日、竜也は朝、学ランを来て歯を磨きながらテレビを見ていた。


家族は母1人、今日も仕事のようで起きた時から姿はなかった。


普通なら親は卒業式に出席するだろうが、ひとり親という事情が事情なだけに、竜也も特に文句などはなかった。


「よっと」


歯ブラシを食器の洗い場に投げ捨てると、コップでうがいをして、すぐにバックを手に取り、平屋の外へと出た。


外には既に勝治がリュックを背負って待っていた。


「おはようさん」


「おっはー!」


2人はそのまま学校へと向かおうとしたその時だった、後ろから女子の声がする。


「置いてかないでよ〜」


セーラー服で黒いショートボブの女子がローファーをパタパタと鳴らしながら2人の元に走り寄る。


「悪い悪いみっちゃ〜ん」


「先行ったのかと思った」


竜也は2人を交互に見ると、笑みをこぼす。


「きっちりおめかししちゃって、美男美女が浮き立つなぁ」


「たっちゃんも髪伸ばせばいいのに」


萩原美優(はぎわらみゆ)が口を尖らしてそう呟く。


竜也は坊主頭を両手で撫でたあと、美優に急接近する。


「俺はこれで完璧なのよーん」


美優はそんな竜也に対して赤面して目をそらすと、馬鹿じゃないのと言わんばかりにわざとらしく足音を立てて歩いていく。


それを追いかけるように竜也と勝治は歩き出した時、ふと勝治が竜也のお隣さんの家を見て尋ねた。


「なぁ、隣のおばちゃん最近見ないけど、どうしたんだ?」


「海外旅行?どこだったか忘れたけど、それ以降見てないんだよね、まだ帰ってきてないのかな?」


竜也は苦笑して答える、その時お隣さんの家の窓、カーテンの隙間のその奥で、何か見えた気がした勝治だったか、そのまま気にせず学校へと向かった。



「お弁当作らなきゃね〜」


隣の家のなか、僅かに開いたそのカーテンから光の筋が伸びて床を照らす。


台所の洗い場の蛇口からは水が絶え間なく出されつづけ、床にまで水がこぼれ出していた。


「お弁とう作らなきゃね〜」


リビングに置かれた椅子に座る男性は、両手をテーブルに置いたまま虚ろな目で壁を見つめている。


「おベん当作らなキやね〜」


台所で何かを刻む音、まな板を包丁が叩く乾いた音が薄暗いリビングに響く、その女性の手には食材はなく、ただ包丁のみが握られていた。


「オべんとゥックらなきャネェ」


首を痙攣させるように不規則に振り続けながら、高音と低音が入り乱れる不協和音のような声を口からこぼす女性は、手に握った包丁を一心不乱にまな板へと振り続けた。


その最後の一振は突然止まった、包丁は彼女の手の指にめり込み、すぐに赤黒い血がとめどなく流れ始めた。


そこでようやくリビングの男がぴくりと動き、静かに立ち上がり、彼女のほうへと不自然に機械じみた動きで向く。


彼女は少し動きを停めた後、包丁を握る手の力を強め、力任せに指を切り始める、乾いた音と水音が入り乱れ、飛び散る血潮、遂に指は切断され、大小異なる大きさに切断された五本の指は、小さな鈍い音を立てて床へと転がる。


彼女は痛がるようなそぶりは一切せず、ゆっくりと男の方へとむくと、張り付いたような、凍り付いた笑顔を浮かべ、血走った目玉を眼窩でコロコロと転がし、パキパキとかわいた音を立てて、緩急定まらない動きでその場に立っていた。


それを見た男もまた、同じように笑顔をうかべ、その場に倒れ込んだ。

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