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記念作品シリーズ

記念作品「彼女の支え」

作者: 尚文産商堂

朝、目が覚めると真っ先にすることは、けたたましい音を出しているはずの目覚まし時計を止めることだ。赤色や青色のような原色を俺に当ててくる。なま暖かく感じる気持ち悪さで起きるようなのだが、さっさと時計の一番上についているボタンを押して繰り返し機能も消しておく。

見回してみると、昨日の食べ残しや、脱いだものがそのままの形で放置されている。大きくため息をつくとともに、窓にかかっている厚手の白色をしたカーテンを一気に全部開けた。陽光が俺の体を焼きつくそうとして降り注いでくるが、分厚い大気という服に守られている俺を焼くことはできない。上半身裸のまま部屋をうろつき、さすがに部屋の片づけはしておこうと思い、ゴミ袋片手に掃除を始める。

彼女は身じろぐだけで、起きる気配は一切ない。

締め切った窓を網戸へすり替え、その時に出てくるきしむ震動を足で受け止める。そうsながら、ゴミ袋が一杯になった時点で、外へ捨てに行こうと思い、ゴミ袋の中身を確認しながら捨てていた。10分ほどでギリギリ縛れるほど入ったため、外のゴミ捨て場へ出て行こうとした。彼女は起きる気配はないが、一応鍵はかけていくべきだろうと考えドアに鍵をかけた。


アパートの2階から外へ出ると右手の端っこにまっすぐ降りるように階段がある。そのすぐ先の街路を横切ると、ゴミ捨て場がある。問題は、その街路だった。道幅が狭いのに近くの国道の抜け道となっているため、交通量が多いのだ。

ここを渡るときのコツは、階段を下り、左右を見渡し車がないのを確認してから一気に捨てる。そうしないと、俺の場合は轢かれるかもしれないのだ。


無事に生きて家へ戻ると、彼女がもそもそと布団から出ようとしている時だった。口の形は「おはよう」と俺に呼び掛けているようだが、すぐにハッとしたような顔をして手文字で挨拶をしてくる。

「おはよう、ゆっくり眠れた?」

「おはよう。もちろん眠れたよ」

簡単な挨拶も、慣れるまでは難しかった。一つ一つの単語や文字ごとに区切り、その手の動かし方も覚えなければならないというのは、かなりきつかったが、覚えてしまえば、慣れてしまえばこちらの方が楽なのだ。

「今日はどうするの?」

「今のところ、考えていない」

仕事はあると言えばあるが、あまり売れていないコピーライターを雇う会社が、このご時世にあまりいなかった。ただ、毎日食っていけないほどではないのが、一番ありがたかった。


昼になるまでに、彼女も服を着替え、買い物に行ってもらう。俺のヘルパーさんだったが、いつの間にか付き合うようになって、同棲までしている。どうしてこうなったかは、俺もわかっていない。成り行きにしろ、こうなってしまっては一緒にいるほうがましということだ。俺自身、誰かに補助してもらうことによって生活ができているという面もあるから、彼女がいてくれないと生きてはいけないかもしれない。

彼女が買い物に行っている間、家の中でパソコンの電源を付け、メールを確認する。仕事の依頼が入っていないかを調べているのが、一番の目的だが、ときどき昔の友人からのメールも届くことがある。

今日は、運よく仕事が舞い込んだ。

キャッチコピーを考えてほしいという内容のもので、商品の簡単な解説と図が添付されている。ウイルススキャンをかけさせ、なにも付いていないことを確認すると、さっそく仕事に入った。この前、それをし忘れて添付ファイルの『zip』を解凍させたら、『トロイの木馬』が入っていたことがあり、それ以来、添付ファイルに関しては相当の用心を払うことにしているのだ。

解説と図を見るかぎり、どうやら、新しい薬のようだ。

俺は部屋の中をぐるぐる回りながら考える。いつもの癖でしてしまうのだ。誰もいないからできる芸当でもある。


彼女が返ってくるまでに、何個かひねり出す。帰ってきた彼女にそれを見せて、どれが一番いいと思うか意見を聞くのだ。その中でいいのがなければ、また一から作ることになるし、いいのがあれば、それを会社のほうに出すことにしている。第3者の視点から見てもらうと、本人が思いもしないようなことが出てくるから、しておいたほうがいいのだ。これをしてから、俺はキャッチコピーが蹴られたことがない。だが、生活のためにどうしても一回当たりの値段が高くなる上に、不況だから仕事の絶対量も少なくなる。そんな時は、ゆっくりとコーヒーを飲みながらベランダにある植木鉢をみる。

植物は、いろいろと教えてくれる。時には、不要なことまでも教えてくれるから、ありがたい存在だ。

彼女がヘルパーに来てくれるようになる前から、俺はこいつらを育ててきた。『シャコバサボテン』という品種だが、サボテンという名前から思い出されるようなとげとげしたものはなく、丸みを帯びた葉が特徴の緑色のサボテンだ。クリスマスのころに咲くことから『クリスマスカスタス』とも、『デンマーク』でよく育てられたことから『デンマークカスタス』ともいわれる。そんな植木鉢に植わっている"彼女"を見ていると、風が玄関から窓へ一直線に抜けるのを感じた。

彼女が帰ってきたということだ。

すぐに座っていたソファから立ち上がり、彼女のところへ歩く。

「おかえり」

「ただいま」

「今日は何を買ってきたの」

俺がきくと、彼女はキッチンにもろもろを運んでから、一つずつ見せた。

「昼ごはんはスパゲッティにして、夕ごはんはお鍋にしようかなって思ってるんだけど」

「全然かまわないよ」

にっこりとほほ笑みながら、彼女に言う。

「そうそう、仕事が入ったんだけど、ごはんの後にみてもらえるかな?」

「わかったわ」

彼女はそれだけ伝えると、鍋を取り出して、お湯を張り始めた。


30分ほどして『日本放送協会[NHK]』のお昼のニュースが始まるころには、スパゲッティもゆであがっており、ソースをたっぷりとかけて食べていた。トマトソースの甘酸っぱさは、しっかりとした味わいとなって存在感を主張しているように思えた。食べ終わると、パソコンを付け、食器を水につけていた彼女に見せる。

「どうかな」

メモ帳を介して会話を続ける。

「これがいいんじゃないかな」

彼女は最後に思いついたものを指差した。

「じゃあ、これで送るよ」

メールの本文をすぐに出すと、彼女にもう一度だけ確認をする。

「これでいいんだよね」

「ええ」

一言だけ返してくるのは、いつもと変わらない。こうやって仕事を確実にこなしていくのだ。


それからは、基本的にすることがなくなる。

たいていの場合は、布団を敷きなおして昼寝をするのだが、今日は少し変えてパソコンをそのままつけていた。昼寝をする前にウイルススキャンをしておこうと思ったのだ。

ただ、その前に、『ディスクデフラグ』や『スキャンディスク』を走らせるため、だいたい昼寝はできないのだが……


今回も晩御飯までに終わらず、平積みにしていた本を読み続けていた。トントンと肩をたたかれ、そちらを見ると、テーブルの上に夕食の準備が整っていた。今日のご飯は鳥の水炊きらしく、さっぱりとしたゆずの香りが漂ってくる。いつも水炊きにはゆずを入れる彼女は、母親から作り方を押してもらったらしく、その時にゆずを一絞り入れるのが良いと教わったそうだ。手を合わせてから鍋の中にあるお玉で、俺の分をよそうとそのまま彼女の分もよそう。

「ありがと」

口の動きから、何を言っているのかが分かるが、心温まる瞬間でもある。"絆"というか、連帯感というべきなのかはわからないが、そのようなものが、心の中に産まれているのが、とっくの昔からだが気づいていた。


ご飯を食べ終わると、再びパソコンと向き合う。

いまだに終わらないウイルススキャンを横目にしながら、『手話ニュース』を見ていた。携帯電話は持ってないから、その分メールなどを見るためにはパソコンが必要になる。一方で、こんな時に限って本も読み切って新聞を広告の細部まで覚えるほど読み返していた。暇だと思いながら、そういえば、植木鉢に水をやっていないことを思い出し、すこし考えてからティーコップ一杯分の水を青々と茂っている"彼女"の上に掛ける。


10時ごろになり、ようやくウイルススキャンが終わったことを確認するまでに、風呂に入り、歯を磨いてベッドの準備も整っていた。ポンポンと右肩をたたかれ、見ると彼女がパジャマで立っていた。眠そうに眼をこすっている。

「もう寝るね」

「分かった、お休み。もう少し起きるよ」

そういうと、彼女は俺のパソコンの画面を見て、なにか笑っているような表情を浮かべた。何か言おうとしたようだが、結局そのままベッドの中に滑り込んだ。顔まで布団をずりあげると、向こうを向いて寝息をたてはじめた。

俺はため息をつきながら、ネットで文字ニュースを見ていた。テレビよりも、こちらの方がよくわかるのだ。

ネットサーフィンをしている間にも、メールが何通か来ていた。9割以上がスパムメールなのだが、1通だけ仕事の関連のメールが来ていた。朝考えていた薬に関するキャッチコピーの話だった。

「採用させて頂きます。1万円はいつもの口座に振り込ませてもらいます」

それだけしかない本文だったが、内容は端的に伝えてくれる方が俺の目にもやさしい。金額は1万円から高くても5万円ぐらいが俺の相場らしく、そのあたりの給金の報告しか来なかった。メールの最後に、いつものように返信不要と書かれていたから、そのまま仕事のタグをつけてメールのトップページから消し去った。


少しの間だけいつも行っているサイトを覗いてから、パソコンを消した。大きく伸びをすると、緩慢な動作でベッドに入り、彼女の顔から布団をはずすと、ゆっくり寝ているのを確認してから俺も眠りについた。

また明日も一生懸命生きようと思いながら、おやすみなさい。

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