間章 ヨシュア・アグスティと言う男
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ヨシュア・アグスティは、ずっと憂鬱だった。
彼は中央大陸アルビオンにある強国、イーオニア王国に仕える騎士の次男として生まれた。幼い頃から、兄と共に将来を有望視され次代の騎士団を担う人材として期待されて育ってきた。術士としての才能こそなかったが、剣の腕においては彼の右に出る者はいなかった。兄とよく比較されたものだが、兄もヨシュアに負けず劣らずの才能を持っていたため、兄との関係が悪くなることも、性格が捻じ曲がることもなく、健やかに成長していった。このまま成人して騎士団に入ることになると、誰もが信じて疑わなかったし、本人もそう考えていた。ところが、若き日のヨシュアに転機となる出会いが訪れる。
王都イーオヌに暮らす、深淵を知る者とまで言われるガルダーム・ナイトゥ・クレイナムとの邂逅である。今まで狭い世界で生きてきたヨシュアにとって、ガルダームとの交流は刺激に満ちたものであった。神星力や魔力を持たず、簡単な理術しか行使できなかったヨシュアには、術士としてのガルダームの凄さなど理解できなかったが、彼が語る世界の不思議にはいつも興奮させられたものであった。
世界の果てにあると言う浮遊大陸ジール、海底神殿ソラレス、滅びた機械文明ガルガンディア、全ての力が打ち消されると言う禁断の地ファビド、異世界との境界に存在する次元の狭間ディラージュ、砂漠に忽然と現れる迷宮都市サンディスなどなど。
古代人の聖地がイーオニア王国内に存在したこともヨシュアに影響を与えた原因の一つであった。ガルダームから古代人はその力で神をも滅ぼしたと聞かされ、今まで持て囃されてきた自分の力に疑問を抱いたのである。そしてヨシュアは十八歳になっても騎士団に入ることなく、我流で剣術を磨いた。幸か不幸か、兄のとりなしで家を勘当される事態にはならなかったが、二十歳になったヨシュアは我流での修行に限界を感じ、武者修行と世界に眠る不思議の探究のため、家を出たのである。
旅立ちの日に、ヨシュアはガルダームにこんな言葉を贈られた。
『深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているのだ』
それを聞いた時、ヨシュアには全く意味が理解できず、彼は取り敢えず分かった振りをして、したり顔で頷いたものだ。そしてすぐに探究者ギルドで登録し、探究者の一人となった彼は、自らを不思議探究者と名乗ったのであった。
ガルダームに真実を疑えと散々教え込まれ、現代に伝わる神話は真実ではないと聞かされたヨシュアは、来たるべき刻に備え、然るべき人物に弟子入りすることに決めた。もちろん、その刻とは、深淵に触れる時、神と戦う時のことである。
師匠となる人物は、ガルダームに紹介してもらった。それはアロの街に住む、ダガンと言う無精ひげを生やした男性であった。髪の毛もボサボサで、あまり自身の風貌に頓着のない奇矯な振る舞いをする人物であり、反りの入った独特な片刃の剣を扱う武辺者であった。神すら滅ぼす世界最強の人間を目指すヨシュアであったが、ダガンには赤子の手を捻るように軽くあしらわれてしまった。
結局、ヨシュアは五年間もの刻を修行に費やすこととなる。世界の理の一つである、言霊のことを教わったのもこの時だ。言霊は術だけでなく、技にも宿ると言う。剣技を繰り出す時に意味のある、太古の言語を発すれば、その技には力が働くのだ。こうやって様々なことをどんどん吸収していったヨシュアであったが、ある日突然、ダガンからこう告げられた。それはヨシュアが伸び悩んでいた頃であった。
「高々、二十年ちょい生きたくれーで強くなんかなれねーよ。この剣やるからちょいと世界を見てこい。神だって絶対じゃねー。ヤツらの力を理解すれば倒せねーはずがねーんだ。剣術だけを磨いたってしゃーねーんだわ。深淵を見抜く眼を磨いて理解を深めろや」
ダガン曰く、忌力の宿る大剣だと言う話であった。こうしてヨシュアは、世界を巡る旅に出た。いくつかの国を見て回り、見聞を広めていった。
そしてヨシュアはドライグ王国の辺境に位置するニーベルンの街を訪れていた。もちろん次は王都へも足を運ぶつもりである。目的はドライグ王国に伝わるとされる竜神信仰についての調査であった。ヨシュアの知る神話に竜神など出てこない。竜の存在自体は、世界各地で確認されているため疑い様がないが、竜神ともなると話は変わってくる。各国に守護神と呼ばれる存在がいる以上、竜神だって実在するはずなのだ。
取り敢えず路銀を稼ぐために、ニーベルンで依頼を受けたヨシュアは、ボルボ山脈へとやってきていた。大して苦戦することもなく依頼の魔物を討伐して、山道を下っていたヨシュアの体が大地を揺るがす大きな振動を感知した。これ程の振動である。もしも魔物ならば、かなりの巨体に違いないとヨシュアは判断し、音を頼りに山道を疾走する。
大きいものは強い。それが彼の持論であった。
道なき道を走っていると少し開けた場所へとたどり着く。そしてそこには杖を片手に膝に手を着いている女性とその背後に迫る巨大なゴーレムのような魔物がいた。それを見たヨシュアは躊躇うことなく、ダガン直伝の剣技を使用した。
【断裂斬ッ!】
ヨシュアの一撃がゴーレムの体を斜めにぶった斬る。ゴーレムが腕を振り上げるが、それも一瞬のことだった。すぐに動きを止めると、斬られた断面に沿ってゴーレムの上半身が滑り落ち、脆くも崩れ去った。
「なんつー、かてぇ魔物だよ」
ゴーレムが崩壊するのを見届けたヨシュアは、小さな声で呟くと、その光景を茫然と見つめている女性へと近づいた。長く伸ばした黒い髪にメッシュのように銀色が混じっており、清楚なお嬢様と言った感じの風貌をしている。その目には警戒の色が見て取れた。
「よぉ。大丈夫か?」
ヨシュアが言葉を掛けると、女性は大きく深呼吸をしてから顔を向ける。
「ありがとうございます。助かりました」
ここに二人の運命が交錯したのである。
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