幼なじみのカノジョがヤンデレ
「ゆーくん、愛してるゲームしようよ」
生欠伸を噛み殺しながら、ノートを取っていたら、隣に座る銀千代が耳元でささややくように言ってきた。意味がよくわからなかったが、なんにせよ答えは決まっている。
「するはずがない」
不機嫌そうに唇をすぼめる金守銀千代は、同じ大学に通う幼馴染である。
くっきりとした目鼻立ちにぷっくりとした唇、見た目は可愛く、頭もいいが、幼い頃から俺に執着し、盗撮、盗聴、位置情報の無承諾取得など、ありとあらゆる違法行為に手を染める(捕まっていないだけの)犯罪者だ。
ストーカー規制法についてネットで検索し、警視庁のサイトに飛んだら、まず目次を確認してみてほしい。ほとんど銀千代は達成している。つまり、俺がなにを言いたいのかというと、許されていたのは彼女がまだ未成年だったから、ということに他ならない。
2022年の4月1日より、成人年齢が引き下げられ、俺たちのモラトリアムは終了を告げた。彼女はそこのところをキチンと理解しているのだろうか?
「このゲームに勝てたら銀千代の尊厳を踏みにじってくれていいよ! 美少女を好きなように扱えるんだよ! どんなこともゆーくんの命令なら従うよ。殺人もやぶさかではないよ!」
「……付き合うときにもちゃんと話したが、法律に触れるようなことをしたら即刻別れるからな」
「法律如きじゃ、二人の愛は引き裂けないけど、ゆーくんがそこまで言うなら、大人しくします」
勝ったら別れを切りだそうかと思ったが、流石にちょぅと残酷なので、
「それじゃあ、口閉じて講義受けてろ」
ため息をつくしかない。
なんやかんやで根負けし、大学進学を機に付き合うことになったのだが、今日も今日とて用もないのにベタベタしてくるのでイライラしていたところだ。
「銀千代を大人しくさせたいなら、愛してるゲームで勝たなきゃ、だね!」
話通じなくて失笑してしまった。
「ルールはシンプル。お互いに「愛してる」って言い合って先に照れたほうが負けだよ」
なにそのクソゲー。
ルールも勝利判定もわからないし、何より、なにが楽しいのも分からないし、作ったやつの思考も意味不明だ。
「講義中だぞ」
教壇では、白髪の教授がスライドで生物多様性について語っている。
「それって何か関係あるの?」
「は?」
「ゆーくんと銀千代が愛を深めるのに、時間も場所も関係ないんじゃあないかな?」
「……こっちは授業料払ってんだよ」
お前に邪魔される筋合いはない。
大教室。学生たちはまばらに席についている。俺と銀千代は後ろの方に座っているが、さすがにべらべらと雑談するわけにはいかない。
「真面目に受けろよ。俺と同じ講義とるのはお前の自由だけど、頼むから邪魔すんな。必修なんだよ」
選択科目も第二外国語も、告げてもいないのに常に同じなのは恐怖だが。
「でも、ゆーくん、スマホイジってたじゃん」
相変わらず目ざといヤツだ。
高校と違い大学は適度にサボれるからストレスなく講義を受けることができる。ストレスは隣の女だけだ。
「スタミナが溜まってたからしかたないんだよ」
「わー、偶然だね! 銀千代もスタミナがたまったから、発散したいと思っていたところなんだ。どうする? 講義抜け出す? ゆーくんのお部屋にいく?」
春から一人暮らしを始めたのだが、呼んでもないのに毎日勝手に侵入してくるので、あんまり自立した感がない。
追い出しても、隣に住んでるので、「肉じゃが作りすぎちゃった」とか「カレー作りすぎちゃった」とかで、再訪問してくるのだ。正直食費は助かっている。勝手につけられた電源タップは捨てたけど。
「帰るなら自分の家に一人で帰りな」
「一人ではできないけど、二人ならできるもの、なぁーんだ?」
スタミナの代わりにストレスが溜まり始めたので無視した。頬杖ついて、スライドを見やる。
生物多様性とは、様々な生きものが互いに調和しながら生きている状態のことをいうらしい。調和……なんと素晴らしい言葉だろうか。
「答えは「愛してるゲーム」でしたぁー」
うぜぇ。
「部屋でするのはレベル3くらいで、サブタイトルをつけるなら「そして伝説へ…」ってかんじなんだけど」
「……」
「講義中はさすがにレベル1からね。先行後攻どっちがいい?」
「いや、やらないって」
「じゃあ、銀千代先行ね!」
「やらないって」
「ゆーくん、愛してるよ」
「話聞けよ、おい」
鼓膜破れてんのか?
「……」
しばし無言でじっとみつめられる。力強く大きな瞳、遠くを見るようににらみつけられるが俺の防御力が下がることはない。
「……ゆーくん、愛してる」
「……」
「愛してるよ!」
うるせぇな。
「愛してるよ!」
「……」
「あいし」
「これって連続攻撃ありなの?」
交互って言ってたじゃん。
「てるよ!」
「まだやるかい?」
「……」
「さっさと前向いて真面目に講義受けろ」
「……照れ反応が全くない……」
「慣れてるからな。一日何百回聞かされてると思うんだ」
「発汗も、心拍数も、なんにも変化ない……、もしかして解脱したの?」
「慣れてるからな」
何回言わせんだよ。
「もしかして、これが倦怠期ってやつ、なのかな……。まさかゆーくんに訪れるなんて……。なにか策を講じないと、だね。うん、とりあえず初手は銀千代の負けでいいよ。それじゃ次はゆーくんの番」
「やらない」
「なんで? 負けになっちゃうけどいいの?」
「いいよ、別に」
「じゃあ、罰ゲームで銀千代に愛の言葉を囁いてね」
無限ループかな?
「いやだ」
「ああ、そうか。愛を囁く、じゃあ罰ゲームにならないね……それならどうしよう。ゆーくんの嫌がることは罰ゲームでもしたくないし……うーん」
「罰ゲームなんかしねぇよ」
「なんで? ゆーくん負けたのに?」
「勝手にゲーム始めて、勝手に終わらせて、やりたくないって言ったら、はいお前の負け、ってそんなん納得できるわけねぇだろ。ゲームのテーブルについてねぇんだよ、俺は」
「じゃあ、罰ゲームは愛してるゲームに参加することにしよう」
無限ループかな?
「うるせぇな。じゃあ、一回だけ乗ってやるから二度とそんなクソゲーの提案するなよ」
「わっかりぃましたー」
ほんとかな?
「こーみえても銀千代は高校時代アイドル活動しつつ芸能活動してて、ドラマや映画に引っ張りだこだったからね! 無表情の演技にも定評があるんだよ!」
銀千代は胸を張り、ニコニコしながら大きく息を吐いた。
スンと無表情になる。さすが元女優だ。嘘みたいなスペックに偽り無し、無表情というか、無感動の演技はお手の物というわけか。まあ、どうでもいい。さっさと終わらせるか。
「愛してるよ、銀千代」
「うピャああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
愛してるゲームに俺は勝利したが、講義中に叫んだ銀千代は一週間の謹慎処分となった。
書くかと思ったら一瞬で出来てましたが、続きません!