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「さっきのこと、黙っててほしいんですね」
「……」
「いいですよ、誰にも言いません」
「…本当に?」
言葉少なに、懐疑とわずかながら怯えのこもった眼差しが返ってくる。
「ええ。言いふらしても私になんの得もないですし。」
「いくらで」
「いりませんよ」
「………」
「信用できませんか。無理もない」
ハイネは傍らのスペアを、頭巾の下の目で制した。
スペアが、隠れて見ている者の存在に気づいて、身構えていたからだ。
(木の影に一人…気配を消そうとしている。それなりに腕の立つものだろう)
赤ん坊もスペアと目を合わせる。その顔に嫌悪の色はない。
(今のところ、彼らに敵意や悪意はなさそうだ。だが見張りがついているなんて、グゼさんは一体…)
その横で交渉が進んでいる。
「じゃあこういうのはどうでしょう。わたしにも、知られたくない秘密があります。それをお教えします。わたしたちも黙ってますから、あなた方も絶対誰にも言わないでください。それでお互い様ということで」
「秘密?」
花売りの肩から少し力が抜ける。応じてもらえそうな空気を感じ取ったハイネは続けた。
「はい。ああ、まず自己紹介を…わたしはハイネ、彼女はスペアです」
「その子は?ハイネさんの子供?」
「……」
話を聞いていた赤ん坊は、ただ静かにしていた。
「……この子は私の子供ではありません。名前はないです」
「ない? 生まれてしばらく経っているだろうに」
「いいえ。話すと長いですけど、この子は名前を付けてはいけないことになっていまして」
そのとき、場の空気が変わるのが分かった。
グゼが息を止めている。顔は、月光の下だというだけではなく、性別を当てられたときよりもはるかに青白い。それは決定的な何かがあったことを意味していた。
沈黙ののち、グゼは木の方に一瞬視線を送った。そしてぽつりと言った。
「なら…話は後にしてほしい。それまで今のことは、誰にも言わないでおくれ。またすぐに会うことになるのだから」
そして、踵を返して去っていった。
入れ替わるように、木の影から大柄な男が姿を表した。よく見るとそれは昼間、花売りの荷台の横にいたうちの一人であった。
「旅のお方、お話を伺いました。ご同行願います」
視界の端で、すでに終わったらしい宴会から、参加者たちが一人二人と帰っていくのが見えた。




