4
「ん?」
振り返って騒ぎの中心を目にしたのは、スペアよりも、その背後に控えていたハイネと赤ん坊の方が早かった。
色とりどりの花を山と積んだ車を引きながら、歩いてくる者がいる。
褐色の肌に、ぐんと延びた長い足。肩に届く長さの髪、溌剌とした笑顔。赤いスカートに白い前掛け、刺繍入りのブラウスの半袖からやはり長い腕が除いている。若々しく健康的な、鹿のように美しい娘だ。群衆の声が大きくなると、応えるようにその右手を大きく振る。
「グゼ!」
「待ってたよ!グゼ!今日の花はどんなだい」
男も女も口々にいいながら、周りを取り囲んだ。
「みんな!今日もたくさん買っておくれよ」
グゼと呼ばれた彼女は車を停め、にっこりと笑った。
すると、民衆の一人が、スペアの目の前の、さっきまで涙声でうつむいていた娘に近づいて、腕を引いた。
「あっ」
そのまま、人の輪の中まで連れていく。
「グゼ!聞いてくれよ!今夜はこの娘の結婚式なんだよ」
そうだ、そうだ、と人だかりが相づちを打つ。
「花婿は仕事でまだ来てないが、夕刻には間に合うさ」
「二人ともちっとばかしおとなしいが、働き者でいい子なんだよ」
娘は笑顔を作ったが、小刻みに震えたままで、顔も蒼白だ。
花売りはその姿を眺め、笑顔を返した。
「…花嫁さんか。おめでとう。花嫁衣装はこれから着るのかい?いいねえ。憧れてしまうよ」
おおっと周囲がざわめく。青年たちが軽く身を乗り出した。
「憧れだって」
「グゼの花嫁姿か…」
「そういうことならお前も花嫁にならないか?」
「そうだねえ」
「例えばおれとかの」
「お断りだね」
「なんでだよ!」
どっとその場が沸いた。
「さあさあ!今日の花はバラだよ!きれいだよ!めでたい式に出るなら、髪や服に飾っておくれ!買った買った!」
張り上げられた声を受け、荷車の回りにわあっと人が集まった。
「お式の前に疲れちゃいけない。休んでおいで」
グゼに優しく促され、娘は人の中心を離れる。
群衆は売り物の花に夢中だ。スペアは、ふらふらと離れた娘に駆け寄った。
「大丈夫ですか。何かお困りですか。それとも体調がお悪いのですか」
「す、すみません…すみません…その……」
娘の白い唇が動く。
「……実は、指輪をなくしたんです…」
「指輪?」
「誓いの儀式に使う、大事なものなのに…日が暮れたら、結婚式が始まっちゃう…みんなが準備してくれてるのに、どうしよう……」
(そういうことか)
スペアは頷いた。
「分かりました。私が探すのを手伝いましょう」
「え、えっ?」
突然の騒ぎにポカンとしていたハイネと赤ん坊を、スペアは振り返った。
「…あ。なんかあった?」
「☣?」
「あの花嫁の探し物を手伝ってくる」
「そうなんだ。じゃここにいるから、終わったら戻ってきてね」
「ああ」
そうして、戸惑った様子の娘とともに、帽子をかぶった赤毛の頭が遠ざかっていった。




