4 (表)
「あっ……」
「あー怖がらせちゃったか…眼は見せないようにしたはずだけど…」
「£α○」
黒い衣を引きずって、ハイネが店に入ってきた。
「いや、あんなに逃げる人は珍しいだろう」
服と帽子を軽くはたきながらスペアが答える。
「黒ずくめってだけで怖がる人もいるのかな。お化けと間違われたかも」
「&♭︎△■」
「いや、間違いでもないか…霊だし」
むき出しの眼の上で両眉がすまなそうに下がっている。
「ところで、どうだった?」
「どうも何も…彼が何の話をしているか分からなかった」
「ですよね」
「だがそういえば、途中で天井の方を見ていたな。おそらく、あれだ」
指差した先、蔦のような黒い模様が描かれた札が天井に貼ってある。その横には、白い花が釘で打ち付けられていた。
「あれは魔除けのお札だよ」
「魔除け?」
「うん、割とそこら辺の店でも売ってるやつ。ちょっと人を困らせる悪魔を追い払う程度の」
「悪魔?…確か天使と対になるような、悪の…だったか」
「うん、まあ、悪魔はいろいろよ。いたずら程度しかしないのもいるし、堕天使みたいなめっちゃ強いのもいる」
「堕天使」
「うん。規律違反で堕とされた元天使のこと」
「◎▲┘‡」
「強いのか」
「そりゃもう。天使の力が悪魔としての能力に引き継がれるし」
目をつけられたら並みの人は助からない、とハイネは言った。
「それは恐ろしい。そのためにお札を?」
「いやこのお札は別にそんな悪魔が対象じゃないから。開運とか商売繁盛のお守りくらいの意味合いじゃない」
「なるほど。あの花もそうか?」
添えられているのは、白く細かい花弁をいくつもつけた豪奢な花だった。
「さあ?…天竺牡丹だよな、これ? 最近の人はダリアっていうんだっけ」
ハイネは巨大な眼で、花をじっと見た。茎のところに、傷のようなものがある。いや、それは傷ではなかった。
(あれは文字だ。えっと……『血は…』)
一層目を凝らす。
(『血は生者の記憶』…?なにそれ?)
口には出さず読み上げたとき、もうないはずの心臓がきゅっと縮むような感覚がして、ハイネは眉をしかめた。
だが、その腕の中から、赤ん坊が静かに天井を睨み上げていたのには気づかなかった。
スペアはその間、乱れた椅子などを並べ直している。その背中に向かって、ハイネが言った。
「もうここは出ようか。わたしがいたら帰ってきづらいよね、あの人。体調は心配だけど」
「◆Ψ〇」
「あれだけ走れればきっと問題ないだろう」
「まあ、確かめようもないしね…言葉が通じないってほんと不便だな」
「ああ。もしいつか、この土地の言葉を習得する機会に恵まれたら、再度訪れるのもよいかもしれない」
「そうできたらいいねえ」
一行は店を出ると、扉を閉め、元来た道をたどっていった。赤ん坊だけが、暗い海の方をずっと見ていた。




