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「!?」
「あれっ!?」
「……」
ついさっきまでの街並みは跡形もなく、三人の周囲には、赤茶けた荒野が広がっているばかりだ。
赤ん坊だけは、静かにうなずいていた。
『やっと終わったか』
頭上からよく響く声がした。降り仰ぐと、空から光る何かが音もなく降りてきた。
それは、白い衣をまとった人………の姿をしていたが、全身から溢れる光と厳かな雰囲気は、明らかに人のそれではない、と見る者に思わせた。背中から生えた七枚の白い羽が僅かに動きながら、その体を宙に浮かせている。
スペアは、この謎の存在が放つ、辺りを支配する空気に圧倒された。
(なんだ、この威圧感は…羽根を持つ人……天使!?)
「あ、ミクダス」
ハイネがさらっと言った。
途端、七枚羽根の天使は整った顔を歪め、矢継ぎ早にまくしたてた。
『この礼儀知らずが! 私には正式な名があるものを、ミクダスミクダスと軽々しく呼びおって、まったく腹立たしい! 天使に対する敬意はないのかこの忌々しい蛇女め!』
「?」
「正確に呼べないのはごめんだけど、どうやっても発音できないからさ。そうやって呼べっていったのはあんたの上司だし」
『ならせめて様をつけるくらいしたらどうだ! 呪われた蛇女め、許しさえあれば今すぐにでも制裁の雷をくれてやるものを!』
「???」
「怖いなーもう…そっちだってなんべんいってもわたしのこと蛇女って言うくせにさー」
二人はしばらく言い合ったあと、表情は変えないままぽかーんとしているスペアに気づいた。
「ああ、ごめんごめん。スペア、この方は天使だよ」
「いや…」
天使ミクダスは腕を組んでスペアを一瞥した。
(ハイネと親しいのか?…しかし仲はよくなさそうな…)
「で、地上に来るなんてめずらしいじゃん。なんか用?」
『あの方のご指示でなければ誰がこんなところになど!』
「わかったわかった。どうしたのさ」
『本日珍しい魂が昇天するため、連れてこいとのご命令を賜ったのだ』
「珍しい魂?」
『今、その者が昇天させたであろうが』
ミクダスがハイネの腕の中の赤ん坊を指差す。
『街丸ごと一つの霊だ』
「街の霊!?」
『古い街で、土地を基盤に、住人の魂や積み重なった歴史の思念が一つの幽霊となることが稀にある』
「ならば…我々が先程までいたあの街は、通行人や建物を含めた全体が霊だったというのか」
「そんなことあんの?」
『気づきもしなかったか、鈍い奴めが』
ピッと一枚の紙が投げてよこされた。
『いくつもの魂からなる霊ゆえに、昇天させるには特別な長い呪文を唱えねばならん』
スペアが拾って眺める。
“……♯︎◆☆*¶ ∂%●〒 #Θ〇∇♪ ¶●♪︎@◯Ψ ▲┼※†┘◆▽ ♪︎§□♪︎§●〒 \%♭︎&♭︎ΤαΕ◆ ◎┐◆Σ◇%㎏ †ζ■〒◆□”
「あの訳の分からん模様がずらずらと…天使の文字か」
「あんたさっきからぶつぶつ言ってたのって…」
ハイネが赤ん坊の顔を覗き込むと、小さな天使は仰々しくうなずいた。
『そうだ。この者は昇天できない街の霊に気づき、一繋がりの長い呪文を唱え続けていたのだ』
ミクダスは衣の袖から、細かい飾りの施された箱を取り出した。
『その目的の魂はここに納めた。私は我が主の元に戻る。蛇女め、次までに礼儀というものをその鈍い頭に叩き込んでおくがいい!』
言い捨てると、天使ミクダスは流星よりも速く飛び上がり、空の向こうへと吸い込まれるように消えていった。




