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「なってみて分かりましたが、吸血鬼には理性の底に、血を吸いたくてたまらないという衝動がございます。本当に人間など食料にしか見えないのですね。この子は人間だったわたくしは分からなくても、吸血鬼としてなら母と分かってくれました」
「突然いなくなったお母さんが戻ってきたんですね」
「赤子は産まれてまもないときから親を探し求めると聞きます。この子が生きていた最後の日、わたくしの指を握り返した力……今思えはわたくしは、あのときから知っていたのです。この子にはわたくししかいない、そしてわたくしにもこの子しかいないと」
「そうですか…さて、こんなもんでいいですか」
「ええ、本当にありがとうございます」
家の中央に座った二人の吸血鬼の周りを、左巻きの渦巻きが彫られた板が大きくぐるりと取り囲むように並べられている。
『わたくし、これから人を襲って吸血するつもりはございません。どうか、この家からわたくしどもが出られないようにしていただきたいのです』
『でも…飢えたりしません?』
『吸血鬼同士であれば血を吸っても何も起こりませんわ』
ニケは人差し指を伸ばし、赤ん坊の頬をつついた。彼はきょとんとしていたが、やがて母の意図をくみ取り、指に噛みついた。
いつかよりもずっと優しく血が吸われていく。しかし、ニケの身体には何の変化も生じなかった。
赤ん坊はやがて口を離すと、にこにこしたまま、母にうなじを見せるように首を傾けた。
『ありがとう。今は大丈夫よ』
ニケは笑った。
『ね。互いの血を吸っていれば、永遠に二人で生きていけます』
『……』
『…ああ、周りに良さそうな植物の蔦や葉があれば運び入れておいていただけませんか。この子の服を作れないか試してみとうございます。わたくし、お裁縫は得意でしたの!』
かくして渦巻きの円陣に、二人の吸血鬼が閉じ込められた。
「この子の名前も考えなくては」
楽しそうなニケに向かって、円の外からハイネが言った。
「最後にいいですか」
「なんでしょう?」
「これから永い時を吸血鬼として過ごすなら、気をつけていただきたいことが…」
ハイネが話し出したとき、スペアは別のことに気づいた。膝元から天使が這い出して、とことこと外に出ていこうとしている。
「おい、どこに行くんだ」
慌てて追いかけると、赤ん坊は入り口のそばで立ち止まった。
そして、小さな手のひらでとんとんと地面を叩く。
すると、ざわざわざわという音と共に何かの植物が緑の芽を出す。それらはみるみる丈を伸ばし、すぐに小屋を丸く取り囲む茂みとなった。
(長い緑の葉……)
「…大蒜か。結界を二重にしたのだな」
赤ん坊は頷いた。
スペアが赤ん坊を抱き上げて家の中に戻ると、話はもう終わっていたらしい。振り返った吸血鬼は外であったことを見ていたかのように、「ありがとう」と笑った。
別れは随分あっさりとしていた。
「では、我々はおいとまを」
「ええ。さようなら、わたくしたちの恩人様」
「ついでにあの吊り橋も壊しておきましょうか」
「お願いいたします」
真剣な顔で手を振り合う赤ん坊同士に笑いつつ、小屋を出る。涼しい風がさっと吹いた。
ハイネと、その腕の中に戻った赤ん坊が橋を渡りきると、スペアは肘のあたりからナイフを抜いた。それを構えたかと思えば、目にも止まらぬ速さで吊り橋を駆け抜ける。
直後、板を繋ぐ全ての縄を切られた橋が、ばらばらと崖下の川に落ちていった。
「これでいいだろう」
「すごっ。どうやってんの?」
一行はまた歩き出した。
「なんか、ずいぶん長くあそこにいた気がするね」
「±Δ〇」
「二人いた赤ん坊が一人になって静かに思うな」
「多いとあやすのもたいへんだしね」
「あやすというと?」
「ああ、うん。なんか、うけるかと思って、舌の芸をやってみたりとか…ほら、わたしは他の人より舌が長くて、鼻先に届くのよ」
ハイネは突き出した舌を曲げて鼻先をつつき、相手の反応をうかがった。
果たして、スペアは真顔で拍手した。
「なるほど、すごいな。初めて見た。確かに舌がかなり長くないとできそうにない」
「真正面から受け止めんのやめてくれる?」
ぼやきつつ、わずかに後ろを振り返る。いつの間にか、あの小屋はもう見えなくなっていた。




