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それから一月が経った。
戸口の黒い影は、駆け寄ってきた赤ん坊を抱き上げ、すっと家の中に入ってきた。頬の痩けた橙色の髪の女、しかしこちらを見返す顔は、我が子と同じ明らかな死人の顔色だった。
「ニケさん……」
「ありがとうございました。もう大丈夫ですわ」
ごうっと外で風が吹く。窓から吹き込む冷たい空気の中で、その吸血鬼は立っていた。
「『自死した者』…あなたはその条件を満たしたんですね」
「ええ」
「なんて無茶を!…そのままあの世に行く可能性もあったんですよ」
「血統は吸血鬼化の素質に関わるのでしょう?私はこの子の母親。亡くなってすぐに吸血鬼になったこの子の……可能性は十分ありましたわ。賭けだとしても、この子を一人になどできません」
「学者の親戚というのも…」
「嘘ですわ。騙してごめんなさい。本当のことを言ったらわたくしをお止めになるでしょうから」
艶然と微笑む姿は、おどおどしていた生前とまるで別人だ。
「なにはともあれ、これでわたくしも吸血鬼。この子といつまでも一緒にいられます」
腕の中の赤ん坊を愛おしげに抱き寄せる。赤ん坊は今までにないほど幸せそうな顔で笑った。
戸口の逆光の影で黒く染まる幸福な母子に、三人はかける言葉を見つけられなかった。
「ニケさん…牙は?」
やがて、スペアが言った。確かに、彼女の口元には牙がない。
「ああ…抜いてしまいましたわ」
「!」
スペアは自分が驚くより先に、ハイネが体を強ばらせたのに気づいた。
「ここに戻るまでに人間に会ったらと思うと…不用意に罪無き人を傷つけたくありませんでしたのよ」
ニタリと笑った口の中が見える。血で真っ赤だ。牙のある位置はがらんと穴が空いていた。
「……」
「ご心配なさらず、そんなに痛くありませんの。どうせまたすぐ生えてまいりますわ、きっと」
そう言って肩をすくめた彼女は、すたすたと家の中央に移動して座り込んだ。
「最後にお願いしたいことがあるのですが、聞いていただけますか?」




