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それから数日が経過した。
「いやー、ほんとに何があるか分からないもんだね……死んでから吸血鬼と同居することになるなんて……」
遠い目をしたハイネが家の中で佇んでいる。その胴体を繰り返し高速で通り抜けながら遊んでいるのは、二人の赤ん坊だ。
「@~μ∑♪︎Å」
「ンーンー」
「(♪︎Ε@∂『~/!」
「キィー!」
二人とも満面の笑みを浮かべている。時々手のひらを打ち合わせたりしながら、速度を緩めずに走り回っていた。
「そんでこの子らがこんなに仲良くなるとは…天使は吸血鬼に干渉できないんじゃなかったのかね……」
「単に友として友情を育む分には問題ないということだろう。拘束しておく必要もなくなったのだし、よかったじゃないか」
体育座りで見ていたスペアが冷静に言った。
「さっきからずっとこれやってるけど楽しいのかな」
「ふむ」
スペアは手を伸ばすと、ハイネの肩口に手を突っ込んだ。
「少し冷たい感触がするような…これが面白いのかもしれん」
「……あんたまで…」
ハイネはじっとりと見つめ返す。
(そもそも、この子が一も二もなく引き受けたからこうなってるんだっけね…ほんとに頼まれたら断らない性格なんだよな)
「まあ、いいけどね。三人揃って血の流れてない一行なんて、吸血鬼に付き合うには最適だし」
「何の話だ?」
「なんでもない。ニケさん大丈夫かな」
「ああ。そういえば彼女の留守のうちに、仕事探しをしているという夫が戻ってくる可能性もあるな」
「…あー……それだけどさ……」
ハイネは言いよどむと、スペアに身体を近づけ、彼女にだけ聞こえるほどの小さな声で言った。
「その人、怪しいと思う。逃げてきたとはいえ、お腹に子供のいる奥さんをわざわざ、山奥の家に一人にしておくかな、しかもその子供が産まれるくらいまで時間が経っても帰ってこないし」
「どういうことだ」
「戻ってこないかもしれないよ。ニケさんたちは置いて行かれたのかも…その男は、本気で駆け落ちしたわけじゃなかった可能性がある」
目を見開いたスペアに、ハイネは部屋の隅を指さした。
「あそこにあるもの見てごらん」
板の上で何かがきらりと光る。スペアが近づいて拾ってみると、銀のネックレスだった。
「これは…」
「昨日あんたが外に出てる間に、うちの赤ちゃんが見つけたのよ。ニケさんのだと思う。細かい装飾がたくさん施されてて…それ相当高価なものだわ。しゃべり方といい、ニケさんってどっかのお嬢様だな。騙した男は財産目当てで近づいて、結婚反対されて駆け落ちする流れになって、面倒になって逃げた、…とか」
「なんてむごい…」
「あくまで推測だけどね」
スペアの手にぎゅっと力がこもる。
(男が妻子を捨てて逃げた、なんて可能性…思いつきもしなかった…のかな、言わなきゃよかったかも)
ハイネはその手を見つめた。
赤ん坊たちは会話を聞いてはおらず、いつの間にか羽根で僅かに浮いた天使を吸血鬼が追い回す、という別の遊びに興じていた。
「ニケさんが戻ってきたら、どうなるのだろうか……」
「うーん…その学者がどういう人か、次第かな……人間の吸血鬼に対する考え方って、実は複雑というか、いろいろあるから」




