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「…気がつかれましたか」
目を開けた女の眼前に、赤毛に眼鏡の少女の顔があった。
「あ…私…」
板張りの床から体を起こす。そこはあの小屋の中だった。
「…あの、赤ちゃん!わたくしの赤ちゃんは?」
「あちらです」
指差された先には牙の長い赤ん坊がいた。なぜか、周囲にはぐるりと板が並べられていて、その一枚一枚には渦巻き模様が彫られている。
「?」
「ンンー…」
赤ん坊は不満げに辺りを見渡しながら座り込んでいる。身動きがとれないようだ。
「あれは…」
「すみません、ちょっと大人しくしてもらってます」
しゃがれ気味の声がした。
少し離れた場所、壁際でもう一人の赤ん坊を抱いた女が正座をしてうつむいている。
「…?」
「私はスペア、彼女はハイネといいます」
少女が横から声をかける。
「先ほど私どもで橋の先の家まであなたを運びました。なんでもハイネがあなたに話があるとかで…彼女の顔を見られますか?」
「あ…」
女は、あの顔を見て恐怖で倒れたことを思い出した。
「あの、わたくし、何と申し上げたら…」
「大丈夫です」
ハイネは軽く言ったあと、声の調子を切り替えた。
「それよりうんと大事な話をしなくちゃならないのです、今から…。このまま話しましょうかね。奥さん、お名前を教えていただけますか?」
「………ニケとお呼びください」
「ニケさん。あの赤ちゃんは息子さんですね?」
「…ええ」
「彼は一回亡くなったのでは?」
ニケははっとした顔になった。
「しばらくして急に起き上がると襲ってきた。違いますか」
「…その通りです」
「もう少し詳しい経緯をお聞きしてもよろしいですか?」
「……わたくしには…将来を誓い合った人がいました。けれど、両親に反対され、別の人に嫁がされそうになって…彼と二人、逃げ出したのです。そしてお腹には彼との子供がいましたの」
若い母は下を向いたまま、膝の上で手を握りしめる。
「わたくしたちはこの小屋にたどり着きました。ここなら見つからないだろうと…。彼は、職探しのために山を降りていきましたわ」
「……」
僅かな蓄えと木の実などで食いつなぎ、彼女はたった一人でどうにか出産した。しかし生まれた子は弱りきっており、冷たくなるまでに時間はかからなかった。
「わたくしが何日もこの子の傍で泣いておりますと、突然起き上がったのです。生き返ってくれたのか、と思いましたが、突然わたくしめがけて飛びかかってくるものですから、とっさに走って逃げて…そこにお二人がいらしたのですわ」
「……」
ハイネはその話をじっと聞き入っていた。どこか複雑な空気の沈黙が続く。
何かの虫がギイギイと鳴く声だけが聞こえていた。
やがて、ハイネはこんな言葉でその沈黙を破った。
「よく分かりました。やはり間違いなさそうだ。ニケさん、あなたの赤ちゃんは吸血鬼です」




