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「ありがとうございます。お名前は?」
「『スペア』です」
少女にしては低い声で、赤毛の彼女が答えた。
「スペア様ですね。ありがとうございます」
「占いとは初めてですが、この玉を使うのですか?」
尋ねた少女の視線は机の上の水晶玉にあった。
「ええ。わたくしは生まれつき未来視の能力がございまして、こちらの水晶玉を用いれば、その力を占いに応用して、様々なものを視ることができるのです」
「そうなのですか?この水晶玉で?」
「信じられませんか?手始めに、スペア様が本日何をされたか当てて差し上げましょう」
占い師はいたずらっぽく笑うと、水晶玉に意識を集中させた。球体の中心にかすかな光が灯る。
(見えてきた・・・)
「こちら・・・墓地ですね。東地区の墓地へ行かれましたか?お花がたくさんお供えされたお墓の前にいらっしゃいますね」
それを聞いて、ずっと無表情だった少女の片眉が引き上がり、少し眠たげだった目が見開かれた。
「驚きました。その通りです。地元の方から、有名な方のお墓と説明を受けましたが・・・いえ、とにかく当たっています。素晴らしい」
「ようございました。さて、いかがいたしましょうか」
「未来が見えるというのに興味があります。私の未来を少し見ていただけますか」
「かしこまりました。少しお待ちください」
再び、水晶玉がうっすらと光った。
(まずは、5年後のご様子…)
占い師の目が光を捉える。
(…?)
しかし、その眼差しはすぐに怪訝なものに変わった。10年後、20年後、…さらに先の未来を見通していく。
それでも結果は同じだった。
(このお客様…お年を召されていない)
どれほど先の未来でも、その姿は今と同じ少女のままだったのだ。
(どうして…?)
思わず占い師は顔を上げた。赤い巻き毛の頭が「何か?」と傾く。
「いえ…」
「もしかして、私は明日破滅でもするのでしょうか?」
「そ、そんなことはありません。健康そのものでいらっしゃいます、ただ、いえ、その…」
「何でしょう?」
「まあまあいいんでないのスペア。あんまり先のことが詳しく分かっててもつまらないしさ」
ややしゃがれた声が割って入る。言葉に詰まる占い師を見て、黒服の女が口を挟んだのだ。
「それもそうか」
「それより具合悪そうですけど大丈夫ですか?」
遠巻きに見ていたはずの女はいつの間にか近くまで来ていた。
(あ、お客様にお気を使わせてしまうなんて…私ったら)
占い師は女を見上げた。ずるりと長い身体。死神か術師が着るような真っ黒なローブは地面に引きずりそうなほど長い。まっすぐな髪は簾のように伸びている。
「いえ大丈夫ですとも。それよりお客様も・・・ええと」
「ハイネといいます」
「ハイネ様。ハイネ様も占っていかれませんか」
「わたし?あー…せっかくですけどわたしはいいや。そう悩みもないんで」
「左様ですか」
「それにわたしも多分『健康そのもの』でしょうし」
「え…」
そのとき、占い師は初めて女の顔を見た。
フードの下、白っぽく薄い顔の中で、大きすぎる眼だけが異様に爛々と輝いている。眼はあまりにも剥き出しになっている…よく見るとまぶたがないのだった。瞳孔は縦に切れ上がり、ぞっとするほどの光を湛えた眼は蛇、魔物と見まがう大蛇を思わせた。
(この方もただの人ではないということ?)
狼狽える内心を知ってか知らずか、女はわずかに笑みを浮かべていた。
(一体…)
「それよりね」
「は、はい」
続いた声が、老婆を現実に引き戻す。
「ちょっとこいつを見てもらえませんか」
「えっ、どなたを」
「こいつですよ」
女が腕を揺らし、占い師はようやく気づいた。
彼女は赤ん坊を抱いている。
「ほらね」
屈み込んだ女に赤ん坊を見せられ、占い師は驚愕した。
目を閉じて静かにしている赤ん坊は、肌は光輝かんばかりであり、指の爪、睫毛の先に至るまで、すさまじく均整の取れた美しさであった。
「まあ・・・お可愛らしい赤ちゃんですね。お子さんでいらっしゃいますか?」
「いや、わたしの子じゃないんです。顔似てないでしょ?」
「全くだ」
「やかましい。あんたに言ってないよ。とにかく、この子が重要なんです」
「どういう意味でしょうか」
「・・・ここからは大事な話になります」
二人は目配せして、占い師に向き直った。