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スペアは青年の言う通りに歩き、一つの部屋に到着した。室内のソファに腰を沈めた彼はようやく安堵の表情を浮かべる。
「ありがとう…きみはマリイアだね」
「はい。ご挨拶が遅れまして申し訳ありません」
「気にしないで」
室内は会場とうってかわって静かであった。
「僕は体が丈夫でなくて、夜会では休む部屋を用意してもらうんだ」
「そうですか…」
(そこまでして出席しなくてはならんとは、貴族も大変だ)
「水を取ってもらえるかな」
「はい」
(これ以上容態が悪くなったときのために、誰かを呼んだ方が…)
水差しに手を掛けたところで、男はぽつりと言った。
「きれいになったね」
「は?…ありがとうございます」
「大人しい格好でしか見たことがなかったから驚いたよ、最後に会ったのもずいぶん前だ…でも、きみはきっと美しくなると思っていた、幼い頃から」
「…光栄です」
(何だ?一体)
「きみはよく手紙をくれたね。病弱で何もできなくて、卑屈になる僕を励ましてくれたのは、いつもその手紙だった」
「いえ…」
(文通?まずい、手紙の内容まで把握していない…)
次の言葉を待って身構える少女を、椅子の上から見つめ返し、彼はうっとりと微笑んだ。
「きみは僕にとって特別だ。許嫁よりずっと」
「!?」
スペアは目を見開いた。
「彼女とは家同士の取り決めによる関係でしかない。叶うならきみがいい。ずっと待っていたんだ、こうやって二人きりになれる日を…」
(何だと…)
「ぼくらは親戚ではあるけど遠縁だから、その点は問題ない。でも、この家に産まれた以上、きみと結ばれはしない」
青年の瞳に涙が浮かんでいる。
「だからどうか受け入れてほしい。僕らの仲を…永遠のものに!」
言うが早いか、青年はスペアに飛びかかり、上着の内側から出したものを振りかぶって突き刺…
せなかった。
ダァン!
「うっ!」
ドレスが翻る。
スペアは男の右腕からそれを叩き落とし、瞬きもできないほどの速さでその体を床に引き倒した。
転がったのは、大人の二の腕ほどの長さはあるナイフであった。
「どういうつもりだ貴様!さっきのも仮病か!」
芝居をかなぐり捨てて睨む。締め上げる手に力を込めると、男は真っ青な顔で壊れたぜんまい人形のようにがくがくと震えた。
(何だ…?何かがおかしい)
そのとき、部屋の外から声がした。
「メイドさん?何やってんの?」




