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「洗礼が済んだからだろう」
三人は出国口に向かって、街中を進んでいた。
「彼は教会から出てきた。洗礼で信仰心を得て、霊や天使を感じとる心は失ったということじゃないのか」
「……確かに、宗教のこと分かってない子供だったから私らが見えたんだ。でも、あの子はまだ5歳かそこらだろうに、どうして…」
「見た目が幼いだけで本当は10歳だった可能性がある」
「……」
国境の壁が近づくにつれ、町の喧騒は薄れる。三人の間の沈黙がはっきりと感じ取られた。
「…なあ、考えすぎかもしれないけどさ」
ハイネがぽつりと言った。
「わたしはここの国民は霊感がなくて、霊やなんかは見えないんだと思ってた。でも本当はそうじゃなかったんじゃないかな」
「どういうことだ」
「見えてるかどうかまでは分からない。でも皆本当は私たちに気づいてて、けれどあえて無視してたんじゃないかって、教義に反する私たちを」
「…△*」
「あの子のお母さんもさ、息子が異端の存在に接しているのに気づいて、洗礼の日を早めたんじゃないかって」
「…この国には幽霊がいないと言っていたな」
「霊は国民の信仰心で完全に拒絶されてる。出て行きたくもなるさ」
「■○#…」
「…」
「…」
「…まあ、考えすぎかな」
「…そうだな」
「いずれにせよ、この国はカエルの宗教で支えられてるし、賑わってる。そういう国だ」
「ああ」
「でもあの子、わたしのことはきれいさっぱり忘れちゃうんだろうな。というかもう忘れてるだろうな。初めて見た赤ちゃんのことも」
「ああ」
「…」
出国口は人がまばらであった。
一人分の書類をてきぱきと処理した役人は口を開く。
「スペア様、入信はお済みではないのですか?」
「?」
「我が国では他国の方のゲロゲロ教への入信を歓迎しております」
「この宗教、そんな名前だったのか」
「♭︎◎△▼」
背後から声が聞こえるが、役人が反応する素振りは当然ない。
「教義の素晴らしさに気づき、移住を決められる方も多くいらっしゃいます。尊い神々の教えは幸福をもたらします。ぜひ、我々と共に歩んでいかれませんか」
「…」
脅すさまもなく、己の思う幸福を疑わない人間の単純な誘いであった。
スペアは次第に笑みが浮かぶ役人の顔を黙って見ていたが、やがて答えた。
「せっかくですが、やめておきます。友人に会えなくなっては困りますので」
「は?」
「神もよいですが、私は自分の目に見えるものから信じたいと考えております」
そのとき、スペアの帽子がひょいと宙に浮いた。帽子はくるくるくると三回転するともとの通り頭に収まった。
「えっ!?」
「いや、失礼。さようなら」
赤毛の少女は踵を返し立ち去っていった。背後をついてくる、乾いたくすくす笑いを聞きながら。




