大晦の夜
鐘の音が響く石畳を歩いていた。深夜だと言うのに見渡すかぎり人で埋めつくされていた。
この寒いなか、こんなところにいるなんて、みんな信心深いと言うか律儀と言うか真面目と言うか物好きと言うか。
そう言う俺も人のことは言えないが。
闇色の空に雲はないが、木々に隠れてしまって、月を見つけられなかった。
「寒いね」
「そうだね」
隣にいる萩原由里がぽつりと漏らした。
彼女は寒そうに手を擦り合わせている。コートを着ているが寒いものは寒いのだ。特に顔や手足はどうしようもない。
刺さる痛みに、いまさら来たことを後悔しだたが、まさしくあとの祭だ。
「なかなか進まないね」
さきほど列は少しずつしか動いてなかった。動いては止まり、止まっては動く。
しっかり動けないので余計寒いのだろう。端の方じゃないから風がまともに当たらないのが幸いか。
「これ使ったら」
ポケットに入れていた、カイロを手渡した。こんなのでもないよりはマシだろう。
「良いの? ありがとっ」
彼女は両手でカイロをにぎりしめた。
「あったかい」
顔が綻びた。それでも耳や鼻は赤くなってしまっている。痛々しい。
列が動き止まる。
それにしても、林田たちはどこに行ってしまったのだろうか。
もともと五人で来たのに、来て早々人波に飲み込まれ、離れてしまったのだ。
携帯を使おうにもメールは送信できず、型が古いからか電波も悪い。
一人になっていたら帰ったかもしれないが、萩原を見つけたから帰れなくなってしまった。
「ん?」
不意に手を引かれ、そちらをみると、
「ほら、動いてるよ」
と、萩原が申し訳なさそうに後ろをちらちらと見ていた。慌てて動き、差を詰めた。
「すみません」
押したりしてこなかった後ろの人に小さく頭を下げると、軽く笑い返してくれた。それをみて少しホッとした。
そしてまた列が動いて止まる。「考え事?」
「ん、林田たちはどこにいるのかと思ってさ」
「そっか。お賽銭入れてから、探してみる?」
萩原の提案に俺は曖昧に返した。探して見つかるとは思えないし、正直早く帰りたい。
そしてやった賽銭箱にたどりついた。ポケットに入れていた五円を投げ入れる。そして手をあわせた。
早く帰れますように。いや、違う違う。そうじゃなくて、大学に合格しますように。それと林田たちと合流できますように。
よし、終わった。
目をあけ、横を見ると萩原はまだなにかを願っているようだった。
一人で先にいくわけにはいかず、手だけをあわせたまま萩原を待つ。
「ん」
満足したのか顔をあげた萩原とともに横に移動した。ようやく人波から解放された。そのとたんに冷たい風にさらされた。
「長かったみたいだけど、なに願ってたの?」
「普通それ聞いちゃうかな?」
困ったように萩原は笑った。
「えーっと、秘密」
「え?」
「大野くんには教えませーん」
「なんだよそれ」
少し声に刺を含めると、萩原はくすくすと笑った。
「私は大切な人にしか秘密は話しません。だかり、知りたかったからそういう人になってからね」
からかうような口調。俺の眼に初めて萩原が可愛く映った。
了