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第六十五話 穏やかな時間(ゼス視点)

 大混乱、とは、まさにこのことだろうと言えるくらいに、俺を前にしたネリアさんは混乱していた。



「え? あ、えぇっ??」



 俺自身もそれなりに混乱してはいたのだが、それよりもネリアさんの混乱の方が酷かったため、逆に冷静になれた。だから……。



「すまない。ネリアさん。音がしたから、何かあったのかと思って……」


「あ、あの……ゼス、様?」


「あぁ、そうだ」



 まだ冷静とは程遠い状態のネリアさんに応えると、なぜかネリアさんはぼんやりとしてしまう。



「ネリアさん?」


「……夢?」



 ……なるほど、ネリアさんは今の状況を夢だと思っているのかと、ポツリとこぼれ落ちた言葉に納得する。

 ベランダから現れた不審者が、第一王子だったという事態は、確かにあまりにも現実離れはしている。



「……そちらへ行っても?」



 夢だという思い込みを否定しようかと一度は考えたが、すぐに、これはチャンスではないかと思い至る。ネリアさんが何に苦しんでいるのか、現実の俺には言えずとも、夢の中の俺になら言えるかもしれない。騙す形でその思いを知ろうとする罪悪感はあれど、今のままで、ネリアさんが苦しんでいる内容を話してくれるとは考えにくい。そうなると、今は強引にでもネリアさんから話を聞き出す必要があった。


 小さくうなずくネリアさんに安堵しながら、そっとネリアさんの側に立つ。

 ベランダには、ちょっとしたお茶ができるようにテーブルと椅子が用意してあるため、そっとネリアさんをエスコートしてその場所へと案内する。



「ゼ、ゼス様……?」


「何だ?」


「い、いえ。その、夢だけど、ドキドキするなぁって」



 そっと椅子を引いて座るように促したところで、心に不意打ちを食らって思わず固まる。



(な、なんだ、この可愛い生き物はっ!)



 そこには、ほんのりと頬を赤くしながら、嬉しそうに微笑むネリアさんの姿があって……遅まきながら、これは、俺の願望から生まれた夢ではないかと思えてくる。



「そ、そうか。その、喜んでもらえたなら、何より、だ」



 自分でも何を言っているのか分からないが。とにかく、ネリアさんから話を引き出すという使命を忘れるわけにはいかない。



「はいっ!」


(うぐぅっ!)



 ただ、その決意をしても、ネリアさんの笑顔を前にすると全てがどうでも良くなってしまいそうだった。



(ネリアさんの笑顔、破壊力が……)



 もはや思考さえもままならないほどのダメージを負っている気はしたが、男としてのプライドでどうにか踏ん張ってみせる。

 ただでさえ大好きなネリアさんの嬉しそうな笑顔だなんて、昇天してもおかしくないほどの破壊力に決まっている。しかし、それでもやらねばならないのだと、必死に、必死に、理性を総動員した。



「ゼス様、少しだけ、お話を聞いてもらっても良いですか?」


「もちろんだ!」



 半身の願いとあらば、何だって叶えてみせようではないかと、俺は大きくうなずいた。

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