第六十一話 苦悩のネリア(ネリア視点)
(なぜ、ゼス様はあんな顔をしたの……?)
城を出たいのかを聞かれて、私はそれに肯定しただけ、なのに、ゼス様は随分とショックを受けているように見えた。
(私は、一緒には居られない……)
私は、役目がある。働いて、オチ国に行けるだけのお金を貯めたら、オチ国に向かわなければならない。そして、役目を果たすのだ。それが、私の唯一の存在意義。
ただ、そうしたら、ゼス様と一緒に居るわけにはいかない。何よりも……。
(ゼス様には、半身が、居る……)
ズキリと痛む胸。きっとそれは、身勝手な独占欲からくるもの。だから、こんなものに気を取られるわけにはいかない。
(早く、ここを出ないと)
ゼス様の優しさに、甘えてしまう前に。アルスさん達の親切心から離れられなくなってしまう前に。
暖かくて、離れ難い大切な場所。しかし、だからこそ、巻き込むわけにはいかないという自覚がある。私一人が全てを背負えば、何も問題はないのだと、そっと、窓の外を眺めて……ふと、窓に反射して背後に映り込む本棚に視線を移す。
「新しい本、入れてくれたんだ……」
まだ、元気に動き回るには程遠いこの体では、知識を得るのだって一苦労だ。アルスさんやアルマさんが、色々と考えてここに本を置いてくれているのは知っている。私がどんな興味を持つか分からないから、色々なジャンルのものを揃えてくれているのも……。
今は、考えていても仕方がないと、私は本棚の方へと向き直り、ぼんやりと眺めてみる。
「これ、は……?」
そんな本の中から見つけたのは、可愛らしい女の子が表紙に描かれたもの。『花の夕闇』というタイトルの本は、どんなジャンルなのか全く分からない。
色々なことがあった直後で、本に集中できるとも思えなかったが、今は、とにかく現実から離れたかった。
(まだ、動けないなら、もう少しだけここに……いや、知識を蓄えても良い、よね?)
それが自分への言い訳だというのは、ちゃんと理解している。それでも、私にはそれしかなかった。
そっと、本を開いた私は、大人しく文字を追い始める。
本を読む気分ではないけれど、現実を見たくない気分。そんなおかしな状態で読み始めたにもかかわらず、私はすぐに、物語に引き込まれた。きっとそれは……この、胸の痛みの理由を教えてくれる、『恋愛』というジャンルの本だったから、なのかもしれない。




