第五十八話 落ち込むゼス(ゼス視点)
「城を、出たいです」
小さく、しかし、確かに告げられたその答えは、当然、俺が望むものではない。荒れ狂う感情を必死に押さえつけて表情を作る。その後、いくらかやり取りをした記憶はあれど、何を話したのかは覚えていない。ただただ、取り繕うことで精一杯で、いつ自室へ戻ったのかも覚えていない。
「ネリア、さん……」
きっと、誘拐されたことで、ネリアさんはもう、ここでは暮らせないと思ったのだろう。王族であり、半身を求めていたからこそネリアさんに会えたのだが、今は、その王族という身分こそが重い。
「殿下、仕事がまだ残っていますよ?」
「……アルマ、せめて、今は一人にするとか、そういった気遣いがほしいのだが……?」
「おや? 気遣い、ですか? では、さっさと仕事をして、私達の処分を決めて、姫君へ告白してください。男がウジウジしてても見苦しいだけですよ?」
「……分かってはいたが、容赦がないな」
「当然です」
今、俺はちょっと立ち直れないくらいのショックを受けているのだが、アルマは容赦なく、サイドテーブルに書類の束を置くと、さっさと退出してしまう。
「……告白も何も、その前に終わってるようなもの、何だがな……」
恐らくは、ネリアさんは俺と居たくないのだ。俺と居れば危険に晒されるから。どんなに守ると言ったところで、あんなギリギリの守りを経験して、恐ろしくないはずがないのだから。
「……仕事、か……」
仕事をして、ネリアさんの安全を買えるというのであれば、どんなものでもこなそうと思う。しかし、実際は、俺が優秀であればあるほどに、ネリアさんは危険に晒される可能性が高くなってしまう。
「いや、それでも、やらないわけにはいかない」
半身のために身を滅ぼす王族が居なかったわけではない。そして、それはウォルフ王家にとっての教訓ともなっているが、実際の半身を前にしてしまえば、それがどれほど抗いがたいものであるのか、簡単に自覚できてしまう。
理性では、仕事をしなければならないと思うものの、感情は、全てを捨てて、ネリアさんの手だけを取りたいと願ってしまう。握ったペンはそのまま、一度も紙にインクを滲ませることなく、パタンと倒れる。
「クソっ」
紙に滲むのは、インクではなく、目から溢れる水滴。
愛する半身にフラレた事実は、思った以上に大きな傷となり、俺は、必死に自分の体を抱き締めた。




