第五十四話 駆けるゼス(ゼス視点)
とにかく、ヘイルと使用人を避難させなければと、声をあげようとした俺は、その瞬間、気づいてしまった。
「っ、これ、はっ!」
気づいてしまったからには、冷静ではいられない。素早く地面を蹴った俺は、背後でマルクとロイスの叫び声を聞き流して、今、まさに崩れ落ちようとしている天井の真下へ向かう。
「殿下!?」
俺の行動に、ヘイルも慌てているようだったが、今の俺に、その姿を目にする余裕などない。
(間に合えっ!)
背後で三人が追ってくるのも、ヘイルが必死に俺の方へと手を伸ばしているのも、その瞬間には全く意識に入っていなかった。ただただ、崩れる前にあの場所へと、それだけが頭の中を占めていた。そして……。
「あぁぁぁぁあっ!!!」
「殿下ぁっ!!」
「っっっ!!」
マルクとロイス、そして、声が出せないギドの悲痛な叫びとともに、俺は、落ちてきた天井に呑まれた。
「うっ……ネリア、さん……?」
しかし、俺は死んではいなかった。何せ、上から降ってきていたのは、元は天井だった砂の山。それと……最愛の半身であるネリアさんだ。何をおいても、俺はネリアさんを助けると決めているのだから、当然、砂などは払い除けてネリアさんだけを抱き止めなければ意味がない。
「……ゼス、様?」
小さく、それでも、確かに俺の名前を発する声は、とても愛おしい。
「怪我は、ない?」
「え……? あ、あの……えっと……」
気づけば、砂はもう、完全に落ちきっていたのか、すぐ側にギド達も来ていた。
「殿下! ご無事ですかっ!!」
「そのおん、ひっ!」
マルクの叫び声に続き、ロイスがネリアさんの存在に気づいて誰何しようとして……すぐに、俺を見て青ざめる。
「俺の最愛の女性だ。なぁ、ロイス? 言いたいことは分かるよな?」
「はい! 申し訳ありませんでしたぁっ!!」
ネリアさんの紹介をしていなかったがために、ロイスが失言をしようとしたのは仕方がない。とりあえず、今、この場で叱るだけで済ませておくこととする。
「さて、それより、ネリアさん、この傷はどうしたんだ?」
「え……?」
それは、手の擦り傷で、ほんのりと血が滲む程度のもの。しかし、ほんのりだろうがなんだろうが、怪我は怪我。この怪我を負わせた人物は万死に値する。
「……? えっと、分かりません。気づいたら、怪我してたみたいです?」
まだ、どこか混乱している様子のネリアさんの言葉に、俺は一つうなずくと、そこで呆然とした様子のまま突っ立っているヘイルへと視線を向ける。
「さて、俺の半身を攫っていた証拠は、今、目の前にあるな。捕らえさせてもらうぞ」
ヘイルがネリアさんを傷つけたかは分からない。しかし、もう、これでヘイルを捕らえられないという理由はどこにもなかった。屋敷の天井が崩れ落ちるという異常事態を前に、外で待機していた騎士達もこの場に雪崩込んで来ている。全てが解決するのは時間の問題だった。




