第二話 逃げ出したネリア
ブックマークをありがとうございます。
ネリアちゃん、婚約破棄されちゃいますねぇ。
それでは、どうぞ!
(今、なんて……?)
王太子が最後にネリアに声をかけたのは、いったいいつだったのか誰も思い出せないほど昔のことだ。だから、ネリアが反応できなかったのも仕方がない。そして、その宣言を当然のように受け入れ、称賛する貴族達の姿が理解できないのも仕方がない。
「聞こえなかったか? 貴様とは婚約破棄だ。分かったなら、さっさと失せるがいい。ここは、貴様のような存在が居て良い場所ではない」
ネリアは、公爵令嬢という身分であり、十分にこの場に居る資格を持っている。しかし、ただ一点、剣姫としての能力がないだけで、追い出されようとしていた。
「カイン様、そこまでなさらなくとも良いのではありませんか? どうせ、お姉様は居ても居なくても同じですわ」
「ミリア、こんな女にまで情けをかけるなんて、優しいな。だが、ようやくミリアと婚約できた晴れの舞台に、辛気臭い女が居るのは良くないだろう? これは、私達だけの問題ではなく、他の貴族達にとっても同じことだ」
「まぁっ、それもそうですわね。気づきませんで、申し訳ありませんわ」
ミリアは、ネリアの妹であり、常々、ネリアのことを嫌っていた。能力もないのに、先に生まれたというだけで、王太子の婚約者となっていたネリア。歴代最高の剣姫の能力を持って生まれたのに、自分に最も相応しい王太子の隣という場所が無能な姉に奪われていたミリア。そんな歪な関係性の中、姉妹の仲が良くなるわけもなかった。
「ミリア様は素晴らしいのに、ネリア様は、ねぇ?」
「あんな姉にすら気遣うだなんて、ミリア様は女神か何かか?」
ミリアは称賛され、ネリアは貶められる。それは、いつもの光景ではあったが、今回のソレは、ネリアにとって決定的な瞬間だった。
(このまま帰れば、殺されるっ)
それは、比喩でも何でもない、厳然たる事実。きっと、婚約破棄されたため修道院へ向かうが、その道中に賊に襲われて死亡とか、そういった事実を作って、ネリアは殺害される。それだけ、ネリアの存在は家族から疎まれていた。だから、ネリアの決断は早かった。
「畏まりました。それでは、御前、失礼させていただきます」
弱々しい声しか出せないながらも、どうにかそれだけを告げたネリアは、嘲笑の嵐の中、逃げるようにしてその場を立ち去る。否、本当に、ネリアは逃げていた。
(大丈夫。きっと、町に行けば、私にもできる仕事があるはず。そうしたら、平民として暮らすのも悪くはない)
無能と虐げられてきたネリアは、メイドとして働かされていたため、家事全般ができた。だから、もしかしたら、自分の力で生き抜くこともできるかもしれないと希望を抱いていたのだ。
ただ、ネリアは知らない。ネリアという存在は、平民にも知られた存在であるということを。そして、平民達からも忌み嫌われた存在であるということを。この先、ネリアを待ち受けるのは、深い絶望だった。
ふんっ、こんな地位だけ、顔だけ、能力だけの男……ん?
『だけ』の使い方がおかしい……?
ま、まぁ、とにかく、どんなに色々良くても、性格が悪ければどうしようもないですもんね!
そんな男に婚約破棄されて……でも、まだネリアちゃんの苦難は続きます。
それでは、また!