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四印セカイの悪役女王  作者: 長月遥
第一章
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感謝を表すのさえ難しい

 翌日、わたしは執務に取りかかる前に三人の人物を呼び出した。

 一人は昨夜約束した通りにフェデリ。そして主役は。


「あ、あの。お呼びと伺い、参上いたしました……」

「……」


 びくびくしながらこちらの様子を窺い、声を発したのは白髪に赤い目をした十三、四頃の少年。少女と見紛うばかりの愛らしい容姿だけど、間違いなく少年。頭部にウサ耳を生やした彼の名は、ラビ。職業・時計ウサギ。


 そして隣に無言のままで並んでいるのは、髪の色を白から黒にしただけで、他はそっくりな双子のレビ。職業・布告ウサギ。

 しかし今日用があるのはラビとレビにじゃないんだ。


「ラビ、レビ。偃月を出せ。というか、出てこい」


 ラビとレビはコミュ障な偃月が人と接する仕事をこなさせるために作り出した、『鏡』の偃月である。本人はその鏡の奥に空間を作って仕事している。


 けれどラビとレビが知覚していることは偃月にも伝わっているはずなので、二人を前に呼ぶだけで大丈夫……のはず。無視されなければ。しないと思うけど。


 わたしの命令にラビとレビは表情を消して互いに向き合い、そっと手を合わせた。


「顕せ」


 そして一言唱える。

 同時に鏡像たる彼らの姿は砕け散り、一人の青年が虚ろな目でわたしを見た。表情はレビに近い。


 ラビとレビを足して二で割ったように、髪は白と黒のツートンカラー。年の頃は二十五、六。無精で伸ばされているだけの半端な長さの髪も、整った顔立ちのせいでいっそお洒落にさえ見える。美形の得さ加減を痛感せずにいられない。


 着ている服はわたしたちハートの国、クローバーの国の皆が来ているような西洋風ではなく、和装。スペードの国が日本っぽい東洋文化なのだ。


「ご苦労、偃月。貴様と顔を合わせるのは何年振りか。それでもラビとレビを通して世情は理解しているはず。妾が何を求めているか分かるな?」

「……就任のお喜びを申し上げます。……とでも、言えばいいか? ……帰っていいか?」

「違うわ阿呆!」


 緩慢に瞬きをしつつでこてりと首を傾げる、やる気のない様子を隠さない偃月にわたしは怒鳴る。いや今のはわたしが――というかわたしの口が悪いんだけど。


 しかし断じて、就任のお祝いをしてほしくて呼んだわけではない。


「……面倒な呪いだ。余計な会話が増える……」

「解く算段はつかぬか」

「私より、上位者が掛けた魔法だ。解くにはすべての解明が必要となる。……時間がかかる。……中間報告か?」

「違う」


 それだったらラビなりレビなりに聞けばいいからね。


「お前に調べて欲しい者がいる。もしその者が鏡の国の魔物であれば、報告しろ」

「分かった。相手は?」


 偃月は生気のない目をしているので、無気力っぽく見える――というか実際多くの物事に対して無気力なんだけど、ことハートの国に関してだけは別。


 人の負の感情を食糧とし、またその糧を得るために人の世に騒乱を起こす害敵である、鏡の国の魔物。その鏡の国の魔物と人のハーフである偃月は、そりゃあもう生き辛かったらしい。


 そんな彼を受け入れて安息の地を与えたのが、何代か前のハートの国王。

 それ以来、偃月はハートの国に仕えてくれている。


「デルタ侯爵の元に居ついたオウムだ。名はヴァーリズ」

「分かった。……では」

「待て」


 こくりとうなずいて退出しようとした偃月に、待ったをかける。


「……まだ何か」

「これから顔を合わせることもあるだろうから、紹介しておく。妾の協力者となっているフェデリだ」

「……知っている、が?」


 凄く不思議そうに首を傾げた。そりゃあね、偃月の方は知ってるだろうけども。


「俺の方が君と会ったことがなかったからね。挨拶がしたいなと思って、お邪魔させてもらった」

「…………私と?」


 あ。めちゃめちゃ嫌そう。知り合い増やしたくないオーラが出てる。


「そう、君と」

「……そうか。……よろしく」


 できる限り関わって来てほしくなさそうな心の声が表情にもダダ漏れだけど、拒絶はしなかった。ただ、必要な時以外は避けるだろうなあ、というのはひしひしと感じる。


「ああ、よろしく」


 フェデリも分かったのだろう。苦笑しつつでそう言った。

 とりあえず顔合わせは済んだので、これで良し。


「では、改めてこれで」

「よし、疾く取りかかれ。貴様如きにもその程度の働きはできよう? 妾を煩わせぬよう励めよ」

「……」

「一応言っておくと、多分エリノアは『よろしく頼む』と言いたいんだと思うよ」


 一段階瞳の色を昏くした偃月に、フェデリから注釈が入る。ありがとう。


 重い空気が霧散したから、偃月も納得はしてくれた、のだと思う。

 偃月が双子のウサギに戻って退出して行ってから、わたしは大きく息をつく。――怖かった。


 幸いにしてわたしの周りは、事情を知って言葉の裏というか表というかを読んでくれる人ばかりだ。そのおかげで、少し楽観し過ぎていたかも。


 何代もハート王国に仕えてくれている偃月をわたしの代で失うのは、彼の信頼を得てきた歴代の王にも、わたしの後に続く国民たちにも申し訳ない。


 だからきちんと、お礼を言いたい。

 けれど今のわたしの口は満足なお礼を伝えられない。暴言しか出てこないんだもの。どうしたらいい?


 悩みつつフェデリを伺うと向こうもこちらを見ていて、ばちりと目が合った。そして、ふ、と浮かべられた微笑は柔らかくて優しかった。


「エリノア。感謝の証ならハグをする、という手もあるよ?」


 はぅい!?


 ただし純粋に優しさを感じたのは一瞬だった。次の瞬間にはそんなとんでもない提案をしてくれる。

 未婚の淑女で、しかも民の規範であるべき女王のわたしに、同じく未婚で年頃の男性に、抱き着けと?


 いやいやいや。そんな、ウェルカムとばかりに両手を広げてイイ笑顔をされましても。


 ……でも、そんな表情でできるぐらいだから、きっとフェデリにはさしたる意味を持たないことなんだろう。わたしをからかう、ちょっとした悪戯心でしかない。


 だったら、気にする方が過剰なんじゃないの?


 ……い、いいでしょう。そちらがそのつもりなら、受けとめてもらおうじゃないの、わたしの謝意を!

 椅子から立ち上がり、カツカツとフェデリの目の前まで歩み寄り。


「え」


 上から驚いたようなフェデリの声が降ってきたけど、知るか。言い出したのはそっちだから。

 彼の背に手を回して抱き着いた――けど、無理無理! やっぱ無理!


 もう自意識過剰でもいいんじゃないかな! 相手がわたしのことをどうとも思ってなくたって、わたしは淑女なのである。そして相手は異性である。普通に恥ずかしいわ!

 多分0.何秒ぐらいの短時間で身を離す。


「ど、どうだ。我が謝意の味は」

「あ、ああ、まあ」


 顔が熱い。というか、体が熱い。主成分羞恥で。


 行動もアレだけど、意識しているのが相手にもバレバレなところがまた恥ずかしい。せめて元々の理由だった感謝ぐらいは伝わってないと悲しいよ!?


 フェデリから返ってきた微妙な反応に、意を決して彼を見上げてみる。


 自分で言っておきながらわたしが実行したのは予想外だったのか、少しうろたえた様子で、頬にも僅かに朱が差している。よ、よし。どうやら恥ずかしかったのわたしだけじゃなかった。


「ええと。言っておいてなんだけど、他の奴にはやらないように」

「やるか馬鹿者!」


 というか、フェデリ相手にももうしませんとも。


「涼しい顔してやられたら色々考えるところだったんだけど、意識しながらやってくれたわけだから」


 そりゃ意識するよ。仕方ないじゃないか、異性だもの。そちらがどう思っているかは分からないけど!


「君の誠意、確かに受け取った。――嬉しいよ」


 前半は真摯に、後半は声音に甘い艶を滲ませて告げられた言葉に、また心臓が跳ねる。


 そうやって思わせぶりに差をつけるから、深読みしてしまうのだ。

 ……わたしの感謝についてのだけの話なんだよね? むしろこちらこそ本当にありがとうございますだけど。


 だから――だから決して、わたしが彼を意識していることへの言及じゃない。きっと。というか、そうであってもなくても、この言いようはズルい……。


 真正面から合わせていられないし、かといって露骨に逸らすのもためらわれ、視線の向け場に迷う。


「……エリノア」


 名前を呼ばれて、引き寄せられるように惑っていたはずの目を合わせる。けれど一度噛み合った視線は、今度はフェデリの方から外されてしまった。


「!」


 それに意外なほど。

 わたしは自分が動揺してしまうのに気付かされる。


「……すまない。今のは悪質に過ぎたか」

「き、貴様はいつもそうだろう。貴様の態度ごときで一々妾が惑うとでも? 思い上がりも甚だしいな」


 話し始めた直後はまだ動揺が残ってたけど、すぐに持ち直して太々しくなった。鼻で笑いつつ、少し――ほんの少しだけ、わたしはほっとしていたりもする。


 だって、どんな顔をしていいか分からなかったから。

 今ならどんな顔をしていても、呪いのせいで傲慢で意地の悪い対応しかできないから。


「エリノア、俺は――」


 何事かを言いかけ、しかし結局、口を噤んで続く言葉を吐息に変える。


「……仕事に戻るよ。頼みを聞いてくれてありがとう」

「ああ。よくよく感謝するがいい」


 言いかけた言葉とは絶対に違うと思うけど、わたしはフェデリを追及する気になれなかった。

 どんな内容か分からないものを、わたしが受けとめる勇気を持てなかったから。

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