何度からかわれても慣れないものはある
「こんな時間に、わざわざ妾の不興を買いに来たのか? よかろう。望みの罰を言え」
「少し話がしたかっただけだ。俺が君と話そうと思うと、それなりに手間が必要になる」
う。確かに。
わたしがフェデリを訪れるときは理由も都合もいらないけど、王であるわたしにフェデリが会いにくるのは実は結構無理だった。無理感なくひょいひょい訪れるからあんまり意識してなかったけど、やっぱり手間はかけてたんだ。
「そうしたら、考えていたよりはるかに君が無防備だったもので、ついね」
「安心しろ。妙な真似をしたら誰であろうと消し炭だ」
これは虚勢ではなく、事実。正面切っての戦いであれば、エリノアにはそれぐらいの力がある。
まあ、フェデリやミラが素直に消し炭になるとは思ってないけど、部屋の外に控える近衛騎士の応援が来るまでぐらいは充分しのげる、と思っている。
「どうかな。君がためらいなく人を攻撃できる気はしない」
いや、まあ……そりゃあ、傷付けるために炎を使ったことがないので、絶対できるとは言えない。でも自分が襲われて黙ってやられるほど、大人しくはないつもり。
「初手から本気がかかってくる相手と、傷付けることに躊躇を覚える相手では、雲泥の差が生まれるよ」
「……」
それは同意する。
だからきっと、その時が来たらわたしはどうにもできないんだろう。
「ならば妾を害せるのは、妾が自ら近付くのを許した相手だけということになる」
さすがに見知らぬ人相手に、そこまで警戒心ない行動とらないから。
もし許した相手がわたしに刃を向けるなら、単に見る目がなかったってことだ。
「ゆえに、貴様のそのくだらん心配は、妾の目を節穴だと言ったに等しい。妾を侮辱するのも大概にせよ」
「……人が好い、とは思っているよ」
そ、それもどうかなあ。いい人レベルも悪い人レベルも普通の範囲を超えてないと思うんだけど。
「君は、身分によらず人を見る目を持っている。そしてそれを自分に反映させる公平性と実行力を兼ね備えている。驚くべき視野の広さであり、善性だ。だがそれは、君が善意の中で生きてきた証明でもある」
わたしは名目上市民平等の時代を経験し、その思想に染まっている。その方がいいとも思ってるし。だから、生まれや職業で差別するという考えには抵抗感がある。
けれど絶対王政であるハートの国でわたしの考え方は異質だし、間違えてもいけない。国主が間違えるということは、国を不幸にするということだから。
差別にはうなずけない。わたしの倫理観がそれは拒絶する。でも、区別は必要なのだ。それは前世でも一緒。
その倫理観・価値観が善性の中で育まれたものだというのは、否定しない。わたしの周りは平和だった。前世も、今世も。
「人は知らないものは想像できない。だから俺は、君が悪意に疎いだろうと思っている」
「それは忠告のつもりか? 身の程を知れ。その程度、貴様ごときに言われるまでもない」
「自覚して、気を付けてくれているのならいいんだ。――そういう君の方が好きだしね」
「っ」
そこに特別な意味はないと分かっていても、異性に言われる好きにはドキリとする。
ま、まあそりゃあね。疑心暗鬼に凝り固まった疑い深すぎる人よりは、人を信じることができる人の方が好ましいよね。それだけの意味だよね。
……大体、フェデリはこの手のことに関して悪質なのだ。冗談でこちらが意識するような言い回しを、思わず心臓が跳ねるような優しい声で言うから。
そしてからかわれるまでがセット。本当に、わたしもな! いい加減慣れたいんだけど!
「貴様の悪ふざけにはほとほと飽きている。本題に入れ」
今までの話はわたしが無警戒に見えたところからきた、突発的な忠告だ。こんな夜中に訊ねてくるぐらいだもの。本来の用件は急ぎで、かつ大切なこと……だよね?
「そうだね。そういう君が好きなのだから、俺はそのままの君を守るべきなのだし」
「そ、それはもういい! いい加減にしろ。死刑に処するぞ!」
「じゃ、話を戻そう。――デルタ侯爵の所に見慣れないオウムが住み着いたと聞いた」
「耳が早いな。よほど暇を持て余していると見える。羨ましいことだ」
フェデリが言ってるのはヴァーリズのことだろうけど、それ、今日の昼間の話だよ?
「君の周りには注意を払うことにしたからね。今、権力者に新しく近付いてきた相手を気にするのは当然だろう?」
「まあ、そうだな」
タイミングが絶妙すぎる。
ヴァーリズの言動は親切な世話焼きさんままだったけど、それが本心かどうかは分からない。あれぐらいの接触時間なら、演技でも乗り切れる気がするもの。
「もし君の心配通り、クローバー王国がハート王国から鏡の国の住人を連れて帰るのなら、それはヴァーリズであるかもしれない」
「可能性はあるだろう」
わたしはクローバー編の黒幕を覚えている――……覚えているんだけど、それ、実は人間の姿だけなんだよね……。
ミラはこちらに来てからずっと猫の姿だけど、人型も取れる。ゲーム勝負のときとかはさすがに人型になるから間違いない。
しばらく彼がハートの国編の黒幕だと気付けなくて、色々後れを取ったのはまだ記憶に新しい。
「鏡の国の住人の魔法は厄介だ。認識を操作されていたら、その魔力質も誤魔化されてしまう」
「ああ」
わたしたち四印世界の人間の使う魔法と、鏡の国の魔物が使う魔法は別物。
正確には、使っている力は同じなんだけど、体内に取り込んだ段階で変化する。そのせいで相手が魔法を使っていても見破れないことが多いのだ。
特に鏡の国の魔物が使う魔法は不可視のものが少なくないので、より厄介。同族だったら分かるんだろうけど……。
「ヴァーリズの出自を確かめるのに、ミラでは信用できない」
うん。直接わたしが害を被るのでなければ、ミラは黙認するでしょうね。
「けどもう一人、信用のできる鏡の国の関係者がいるよな?」
「偃月か……」
やっぱり、そうなるかなあ。
この世界を『視た』んだろう誰かが乙女ゲームのモデルにしただけあって、ハート王国には曰く攻略対象にできるドラマチックなバックグラウンドを持っている人物が複数人いる。本人にしてみればドラマチックでも何でもないと思うけど。
フェデリ、ジャックと同じくゲームで攻略対象にされている彼の名は、偃月。四印の人間と鏡の国の魔物との間に生まれたハーフで、ハートの国に在籍している。
「偃月? その響きからするに、スペードの出身か?」
「そうらしいな」
ゲーム設定的に言うなら確実だけど、こちらで本人から聞いたことはない。あんまり自分のこと喋るタイプじゃないし、そもそもあんまり顔合わせないし……。
「俺も一度『本人』と会いたいと思ってたんだ。話をするときに同席させてもらえないか?」
「図々しい。が、貴様に良識を求めるのも今更であろうな。言っておくが、邪魔になるようであれば即座に叩き出す」
「それでいい。よろしく頼むよ」
偃月は幼少期の頃の経験からコミュニケーション嫌いだけど、人見知りではない。多分丈夫だろう。
「用件はそれだけだ。邪魔をしたね」
「まったくだ。妾の寛大さによくよく感謝せよ」
腕を組み、偉そうに言うわたしにフェデリは苦笑を返してくる。
「それじゃあ、また。良い夢を」
「ああ」
おどけた仕草で一礼して去っていくフェデリを見送って、わたしは改めて椅子に座る。
本を読む気分ではなくなってしまったけど、冷めた紅茶はそれはそれで美味しい。
あー。癒される。この一時だけは癒されたい。何しろ明日の予定もぱつぱつなのが確定している。
なってみて思う。
権力者って、真面目にやろうとすると際限なく大変なお仕事。真面目にやらなければ楽なお仕事だけど。
さて。これ以上大変にならないよう、頑張って平穏を維持しないとね!